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第二百九十五話 THE GUN DOG

劇場を出たベガはすぐに売春宿へ向かうようなことはしない。

彼は先ほど隣に座った青年から聞いた話を反芻しながら劇場の周りを彷徨く。


「.......頼めばサインをもらえるだなんてな、知らなかった」


そう、彼はミアの「出待ち」を行なっていたのだ。

しかし、待てど暮らせど彼女は出てこない。


「.........はあ、俺はなんて薄幸な男なんだ、せっかくのオフもダックマンのクソ野郎のせいでおじゃんだ....ったくよ、くたばっても俺の邪魔をするなんてなあ..........ケツの穴溶接してからぶっ殺せばよかったぜ」

ベガは口ではそう言うものの、表情を一切変えずに劇場の向かいにあるバーへ入る。


中は大麻の香りと甘いバニラの匂いが入り混じった空間であり、五感の優れたものであれば思わず顔を顰めるほどであろう。


「相変わらず、便所みてえな店だな....」

ベガはそんなことを言いながらも、カウンター席へ腰を下ろす。

ふと彼が横を見ると、大柄でフードを目深に被った男が隣に座っていた。

「(でけえな....獣人か?).....まあいいか......おい、トマト野郎、シェイクを一つ。......ところであんた『ハッピー』か?」


「ああ、ベガ.....『ハッピー』だ」


ほど無くして、ベガの元にバニラシェイクが届く。

「ベガの旦那...いつものだ」


ベガはストローを使ってそれを一息に吸い込むと、天を仰ぐような恍惚とした顔になり、

「ゴキゲンだな....」

と呟く。


横の獣人が、そんな彼を訝しげに見つめているのにも彼は気が付かない。



そうして、ひとしきりトリップしたベガはものの十分ほどで、代金を払い店を出る。


店を出た彼は、通りへ出て停車していた辻馬車を捕まえる。

「お客さん....どちらまで?」


「色町、『溝鼠回廊』まで」

ベガは御者の老人の問いに簡潔に答える


「わかりました」


馬車の中にはしばらく馬の蹄の音と、周囲の喧騒のみが響く。


そんな沈黙に耐えかねたのか、ベガは口を開く。

「なあ、色町の入り口の方にあるストリップ劇場はわかるか?」


「ええ、私もよく通います」


「あんなとこに通うのは、夜鷹を買う金すらもねえジャンキーか、枯れたジジイくれえのもんだ」


老人はベガのその物言いに一瞬顔を顰めるも、ベガの顔を一瞥し、すぐに取り繕う。

「はは....たしかに私も枯れたジジイでしょうね、ですが、あそこの看板娘の....ルイスは中々美しいですよ」


「ああ、あのジャンキーの痩せこけた犬みてえな女か.....どこがいいんだか」


「ジャンキーと申しましても、この街で水商売をする女の中に大麻をやってない者などおりますまい」


「ははは、たしかに言えてるな.....ところで、話は変わるが...その劇場の裏にあるパスタの店、行ったことあるか?娼婦どもが行列作ってるトコだ」


「ええ、『ピンクペッパー』でしたら何度か行ったことが」


それを聞いたベガは御者席に身を乗り出して尋ねる。

「美味いのかい?」


御者はそれに軽く顔を顰めながら答える。

「ええ、あそこは唐辛子とトマトのパスタしかメニューはありませんが、かなり刺激的でクセになる味です。ガーリックとアンチョビも効いていて....まさに口から火が出そうな味です。....裏路地の店とは思えませんな」


「へえ....そりゃイイね、ちょうど辛味でぶっ飛びたい気分だったんだ」


「ええ、きっと病み付きです」


「『病み付き』か、クールだな」


そうして、馬車が停止する。

「はい、お客さん、到着しましたよ」


「ああ、どうも.......代金だ」


「またのご利用を」


「ああ、ぜひとも」


そうして、ベガは件の売春宿へと辿り着く。そこは、売春宿にしては大きく、昼下がりだというのにも関わらず賑わっていた。


彼は扉を勢いよく蹴破ると、中へ向かって大声を上げる。

「おいっ....一昨日、ダックマンの野郎が買った女はどいつだ!!」

宿の中がザワザワと騒がしくなる。


そんな異常を察知したボーイがすぐに駆けつける。

「お客様.....何かご用でしょうか?」


「ああ、一昨日ダックマンの野郎と寝た娼婦を探してる。どこのどいつだ?」


「お客様...何をおしゃっているのですか!!」



混乱するボーイの胸ぐらを掴みベガは怒鳴る。

「ガタガタ抜かす前に俺の質問に答えろ!!」


そんなベガに近づく影がある。この売春宿の責任者であろう、目のクマが特徴的な小柄な男だ。

「ベガ様....あまりうちのボーイに乱暴をされては困ります」


ベガはその男を見ると、軽口を叩きながら、ボーイから手を離す。

「なんだ...だれかと思ったらラクーンじゃねえか.....ダックマンの腰巾着野郎が随分と出世したじゃねえか...」


ラクーンはベガの物言いに表情を一切変えずに応じる

「ええ、おかげさまで大きな顔ができています」


「つまんねえやつだな......で、一昨日ダックマンの野郎と寝ちまったエスポワルで二番目にツイてねえ女はどこにいる?」


「アリナでしたら、五番の部屋で現在仕事中です」


「オーケー.....んじゃ、邪魔するけどもイイかい?」


「かまいません」


「どうも」


そうして、その部屋へ向かおうとするベガをラクーンは呼び止める。

「....ところで、アリナを二番目に不運だとおっしゃいましたが.....一番は?」


「今アリナと寝てる男だ」


GUN DOG:猟犬のこと

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