第二百八十六話 天狗寿司
入店する。
店内は横並びのカウンター席が並んでおり、その奥には大将らしき人が佇んでいる。
「いらっしゃい」
そう俺たちを出迎える大将は長い鼻と赤ら顔が特徴的な壮年の男だ。
俺たちは四人で横並びに座り、注文を開始する。
「俺がまとめて頼んじゃいますね」
「ああ、よろしくな」
「うむ」
「よろしくお願いいたします」
俺はメニューを見ながら注文をする。
「えっと....マグロと、イカとウニとアジ....あと、たまごとホタテを二貫ずつ....人数分お願いします」
「あいよ!!」
そうして、大将が俺たちの目の前で寿司を握り始める。その手捌きは素人の俺からみても「達人」になせる技なのだろうとわかるレベルだった。
「はい!これマグロね、中トロだよ!!」
「ありがとうございます!!」
マグロは中トロのらしく、脂が程よく甘い、しかし、しつこさは皆無で後味はさっぱりとしている。日本にいた頃回転寿司で味わったものとは一線を画す美味さだ。
続けて、さまざまな寿司が提供される。
「これこれ〜寿司ってのはこうでなきゃな〜.....ホタテの甘さがたまんねえなあ〜」
「このイカ..淡白な味の中に無限の旨みが潜んでいます....大変美味ですね」
「.......このアジの寿司....凄まじく新鮮だ.....鱒寿司とは別物であるな」
「だろ〜?」
ある者は郷愁を、ある者は未知の文化への好奇心を胸に寿司へと舌鼓を打つ。
すると、突如リイさんが激しくむせる。
「......っ!!!!ゴホッゴホッ!!!」
「リイさん!!」
「リイの旦那!!.....毒か!?」
「店主....謀ったな?」
義輝さんが刀を片手に大将を威圧する。
「勘弁してくれよ、お客さん....うちの寿司に、んな物騒なもん入っちゃいないよ」
すると、咳が収まったリイさんが、恥ずかしそうに声を出す。
「....失礼いたしました、この緑の薬味が私の想定以上に刺激的で.....」
「あー!山葵ですか!これ、入れすぎるとツーンとくるんですよね!」
「なんだ、ワサビか!悪いな、大将」
「大変失礼いたしました」
「......ふん、騒がしい連中だ」
「いやいや、異国の方には少々クセのある食材だからな....こっちも説明不足だった」
「そう言っていただけると有り難いです」
ともあれ、食事は進んでいく。
そうして、俺たちの会話の話題はこれまでの冒険の思い出話から、今後の冒険の話へと変遷していく。
「悪魔」の手先の件を考慮して当たり障りのない部分だけではあるが。
「いや〜船旅ですか...俺、船なんて乗ったことないですよ」
「俺もねえなあ....リイの旦那と【剣豪】はあるかい?」
「私は一度御座います....海ではなく、長江の川を下るものですが」
「私もある....御所での舟遊びと、堺の港で何度か経験した」
「へえ...んじゃ、頼りにしてるぜ〜」
「お任せを」
「うむ」
そんな時、大将が会話に入ってくる。
「お客さんたち、船で隣の大陸へ行くつもりかい?」
「はい、そのつもりです」
俺がそう答えると大将は衝撃の事実を話す。
「そりゃ、残念だが無理だ」
俺たちは金槌で頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
「はっ!?どういうことだ!」
「フィーデス大陸行きの船自体は月に二本出てるんだが、それに乗れるのは例外を除いて貴族と特権商人だけだ」
「まじか.....」
「うっそだろ...おい...」
「それは....なにか他の策を講じなければなりませんね」
そこで、義輝さんが大将へ問いかける
「まて、その『例外』とは?」
「ああ...この街の領主であるウォレス辺境伯が年に一度主催する『闘技大会』で優勝した者にも、領主から可能な限りの特権を与えられる。その大会で優勝できれば.....って感じだな....ちょうど、次の大会は一週間後に予定されているはずだ」
「なるほど....じゃあ....」
「ええ.....」
「ああ..........【剣豪】、頼んだぞ」
「ああ、私に任せろ」
そうして俺たちは〆である、吸い物の繊細な味わいに感動したのち、宿へと向かう。
「任せろ」と、力強く言い放ったときの義輝さんがワクワクしているように見えたのは俺の気のせいだろうか。
ちなみに、寿司は普段の食事よりも数段高価だった。
今更ですが、第二百八十二話のタイトルを変更しました。
最近、読んでくれる方が多くて嬉しいです