第二百七十話 アンドロイドは異邦人の夢を見るか? 後編
映像は、書斎と一人の老人を映し出している。老人は白髪を短く切り揃え、丸メガネをかけた垂れ目で穏やかそうな顔をしている。きっと、これがデウス博士なのだろう。
彼の背後には、若い頃のデウス博士らしき人と、その妻らしき女性.....そして、その子供達であろう男の子と女の子を描いた肖像画が飾られている.......娘の方はマキナにそっくりだ.....ただ、マキナの見た目よりもかなり幼いが。
「マキナ....エクス、いいかい?...この映像は信頼できる人にのみ見せてあげるんだよ......ってもう聞こえていないか.......この映像の録画中の光景と録画が終了してから十五分間のデータはマキナとエクスの脳内に残らないようにプログラムしているんだ。その間に、二人には部屋を出るようにあらかじめコマンドを打ち込んである」
「さて、今からの映像データはここを訪れることになる同志達へ向けてのメッセージだ」
「僕の名前はデウス・ギアーズ....帝都の出身だと言っておくが......まあ、この映像が再生されている頃に帝国が残っている保証はないけどね。現在六十五歳で、余命いくばくもないって感じだね」
「まあ、僕についてはこんなところでいいか.....はっきり言わせてもらうが、この迷宮には金銭的価値のあるものは一切存在しない。この迷宮に挑む者が出会うことになるのは、僕の死体と遺品である研究日誌や資料、あとは君たちへ牙を向く鋼の人形だけだ」
........まあ、なんとなくは予想していたことだ。
「じゃあ、なんでこんなに厳重に警備されているか......それは、単に墓荒らしを嫌ってと言う理由ではない。この迷宮に眠る僕の手記.....それを守るためだ。この子達を守るためにも、その詳しい内容は言えないが......『悪魔』に関係しているとだけ言っておこうか。」
その言葉を聞いた瞬間俺は全身を氷で冷やされたかのような、衝撃を受ける、そして、みんな顔が引き攣っている。
「悪魔とその一味は、僕の宿敵でね.......僕は奴を殺すための研究をしていたわけなんだけどね.......十五年ほど前に、ようやく尻尾を掴んだと思ったときに、奴の手駒の襲撃を受けてね.......ああ、そうだ!君たちがもし悪魔と戦う同志ならば....一つだけアドバイスを伝えておこう。悪魔はね.....この世界に生きるすべての生き物の視界を共有しているんだ、君たちがここまで襲撃を受けてきたならば.....良いタイミングだったと思わないかい?
それが理由さ。.......まあ、もちろん例外はあってね......贈り物と呼ばれる特殊な力を扱う人間は、それを得た瞬間に奴の監視対象から外れる。......だから、奴にとってもギフト持ちの駒を使って襲撃を行うのは賭けなんだ。.....あとは、ギフト保有者と近しい人間....家族や親友、といった深い絆をもった人間も監視対象から外れてしまうんだ。.......僕がこんな田舎の地下深くに機械達と引き篭もった理由がわかったんじゃないかい?」
「悪魔からの干渉の要素を全て断ち切った僕の城だ。そして、マキナにはその手記を含めた僕の書斎の警備を、エクスには、この迷宮の動力源である『魔力炉』の警備とそのほかの機械人形の統括を任せてある」
「もし、なんらかの理由で、この迷宮の牙城が崩された際に、複数の条件が満たされれば、それをインシデントNo.007と呼称し、無事承認されれば、この映像が流れることになっている」
「条件というのは、マキナもしくはエクスの信頼を勝ち取ることさ、他にもいろいろあるが....この映像が再生された後に彼らに聞いてみるといい」
「その『良い人』たちへ、マキナもエクスもとても良い子だ......もし、君たちが悪魔と戦うならば、僕の手記と合わせて必ず役に立つ。どうか、僕の子供達をよろしく頼む」
そう言うと、デウス博士は深々と頭を下げる。
「......さて、これで全て話したかな。」
そう言うや否や、博士は懐からナイフを取り出す。
「ま、まさか!!」
博士は俺の言葉に答えるかのように話す。
「ああ、心優しい人.....そのまさかだ。僕はね、ギフト持ちでもなければ...機械人形でもないんだ。ここでのナマモノは僕だけ......僕は悪魔に人生を狂わされただけの、ただのモブさ。この迷宮唯一の脆弱性、そんなものは排除しなけれればならない」
「では、僕は暗闇の中から、君たちの旅路に光がさすことを祈っているよ」
そうして、映像は暗転する。