第二百六十話 自動人形の構造と機能に関する考察
今からおよそ三年前。俺がこのイカれた世界へ流れ着いて数日が経ったばかりの頃。俺はまだひよっこの獣狩りだった。火の玉を出すのにも苦戦するような雑魚だった。転移してから数日は、周辺の探索や自身の能力の実験に腐心していた。
そんなある日、ほんの気まぐれでいつもは進まない森の奥へと足を踏み入れた。
そんな俺の目の前に現れたのは、世界観にそぐわない鉄製のハッチ。
俺は根っからの研究者だった。危険だと分かっていながらも、その探究心という抗い難い力に引っ張られるように、枝から地へ落ちるリンゴのように、その中へ引きこまれていった。
内部は「不思議」に満ちていた。内部は外観からは予想できないレベルの広さであった。
その、館の内部のような内装も相まって俺は完全にそこの虜になった。俺は迷宮の内部を狂ったように調べて回った。
そんなときであった。
俺の耳が機械の駆動音を察知する。そこにいたには、2mほどの巨大な鎧であった。
「侵入者を目視、迎撃する」
俺がその声に反応した時、すでにそいつは俺へと剣を振りかぶっていた。鎧がそのまま動いているような怪物。
「くそっ!!火よ、我が手に集い、魔よ灰燼と化すのだ!!」
必死に脳に詰め込んだ詠唱を唱え、小さな火の玉を出すもまるで効いていない。
俺はあまりにも早すぎる二度目の死を覚悟し、目を閉じる。ただ、その瞬間、鈍い金属音が響く。
そうして、無機質な声で俺へと話しかける声がした。
「お怪我はございませんか?」
そいつは後にマキナと名乗ることになる機械の女だった。そいつは一見して、人の形をしているが、その瞳や肌はよく見ると人工物だ。現代日本で工学を学んでいた俺にかかっちゃあ、いくら精巧な作りと入っても誤魔化せはしない。魔眼もこの女が生き物ではないと、そう判断した。
「なんだ!おまえは!!」
「マキナはこの迷宮の守護者にございます」
「ってことは、あんたもそいつらの仲間か?」
「はい....ですが、現在は敵対しております」
「はあ?、意味わかんねえよ!!」
「ですので、マキナはこの迷宮にあるすべての機械人形から敵として認識されているのです」
「いやいや、そーじゃなくて!.....ったく、プログラミングみてーだな.......俺が聞きてえのは、あんたもその機械人形と同類のくせに、なんで俺を助けたんだって話だ!!」
「マキナは機械人形ではありません、それらにはない自立的な思考を搭載した自動人形なのです」
「んで、そのお前がなんで俺を助けんだよ、俺は侵入者だぜ?」
「マキナは主であるデウス博士からこの迷宮の最奥部の守護を仰せつかっていたのですが、突如この迷宮の他の機械人形が仲間であるはずのマキナへ敵対するようになり、それらと戦闘を行ううちに最深部からこのような上層部まで、辿り着いてしまったのです。それで、マキナは再度持ち場へと戻り、任務を遂行するための手段を模索していたところ、あなたを発見したのです」
「俺にそれを手伝えってことかい?」
「はい、あなた方『獣狩り』は、迷宮へ潜ると聞きます。マキナを最奥部まで運んでいただきたい」
「俺にメリットはねえだろ」
それに、実力もってのは心の中にしまっておく。
俺がそう言うとマキナは、しばし考え込む。
「..........なにか、マキナにお手伝いできることは?」
「なんだそりゃ....よし、わかった。俺があんたをこの奥まで運んだ暁には奥にある財宝をいただこう」
迷宮と守護者.....次に来るものといえば財宝に決まってる。こんな、機械まで作って守らせるんだからさぞいいもんがあるに違いねえ。と、とりあえず言ってみる。金なんてのは正直どうでもいいがね。....つーか、こんな中世レベルの文明の世界に、なんでこんな人間と対話できるレベルのAIが転がってやがんだ。
「.........マキナは主より、この迷宮の守護を仰せつかっています、私の一存では...」
「いやいや、全部じゃなくたっていい。ちょっとだけさ」
「......であれば」
「よし!交渉成立だな....俺はホワイトっていうんだ」
「ホワイト様、マキナはマキナと申します」
ただ、どうするにしても俺じゃあ、無理だ。探究心に振り回されるのもいいが、死ぬのはごめんだ。
「......ただ、今の俺はちょっと都合が悪くてな.....だから、待っててくれ」
「それは命令でしょうか?」
「ああ」
そんな会話をしながら俺たちは迷宮の外へ出る。
「では、マキナは迷宮の外で待機しておりますので、ご用がお済み次第、ここへ再度お越しください」
そういうと、マキナはハッチのそばに立つ。
「オーケー、じゃあな」
「では、お気をつけて」
「おうよ」
そうして、俺は迷宮を後にした。......正直、興味深くはあったが、この件はこれで終わりだ。対話可能なAIや機械人形.....この時代において驚異的な技術ではあるが、現代日本ではすべて科学的、工学的に再現可能だ。俺には「魔術の化学的再現」という夢がある。自分の身すらも十分に守れない状況で、こんなことには首を突っ込めねえ。
あのマキナとかいう人形には悪いが、これでお別れだ。
それから、一ヶ月が経過した。獣狩りとしての生き方が徐々に板についてきた頃、俺はこの地を離れる決心をした。もっと、獣狩りや獣が多いエリアへ移動することにしたのだ。俺はその前に、ほんの気まぐれで、もう一度迷宮を訪れる。
「....あいつ、いやがんじゃねえか」
なんとなく予想はしていたが、マキナは、俺とあの日別れた場所から一歩たりとも動いていなかった。俺は思わず、マキナへ近づく。
「ホワイト様....おかえりなさいませ。ご用はお済みになりましたか?」
「.....いや、まだだ」
「では、マキナはここで待機しております」
「....おい、あんた、なんで俺みてえな男の命令を聞くんだ?」
冷静に考えてみればおかしい、製作者でもなんでもない俺のコマンドを受け付けるなんざ、明らかに不自然だ。
「マキナの制作者である、デウス博士が私にこうおっしゃったのです『人は自己中心的で嘘をつく。しかし、ごく稀に他者のために行動できる正直で優しい人間がいる。もし、君が困ったら、そういった良い人を探すんだ』」
「は、はは....じゃあ、あんたにはこんな胡散臭いツラした俺が善人に見えたのかい?」
「ええ、マキナの目にはホワイト様がマキナを助けてくださるとおしゃったとき、あなたならば信用できると考えました.....現にこうして、マキナの様子を見にきてくださっています」
「........はは、そうか....ただ、今の俺じゃあ、この迷宮を踏破すんには力不足だ」
「だから、俺が、強くなったら戻ってきて手伝ってやるからここで待ってろ」
「それは、命令の更新でしょうか?」
「いや、約束だ」
「承知いたしました」
「あと、雨ざらしなのはまずいな.....近くの洞窟かなんかで待機してろ」
「でしたら、この森の木々を材料に小屋を建設いたします」
「んなこともできるのか」
「はい、マキナは多機能ですので」
そう言うと、マキナは右手をチェーンソーへと変形させる。
「すげえなおまえ!」
「ありがとうございます」
そうして、ものの一時間ほどで小さな小屋を作り上げる。
.......以前、このレベルの機械ならば現代日本ではすでに実現してると言ったが、ありゃ撤回だ。
「よし、じゃあ、五年以内には戻ってくる。五年が経過しても来なかったら、俺は死亡したと判断して、すべての命令を破棄しろ」
「承知いたしました....では、ホワイト様、お元気で」
「ああ」
そういって、マキナは俺へと手を振る......随分と人間みてえなやつだな
こんな風に他人に信頼されたことなんてあっただろうか.......
悪くねえじゃねえか、案外。
そんなことを思い出しながらも、森を進む。もう少しで目的地だ。
俺はあの頃とは違う。
それに、今は頼れる仲間もいる。