第二百四十七話 恋バナ
一階へ降りるとそこには、着飾ったメリーとニコニコしたクリスが座っていた。メリーは椅子に縛り付けられている。
それを見た俺は声をあげそうになるが必死に堪える。
「さあ、どうぞ」
机の上には、チーズや肉料理、乾燥フルーツにサボテンの酒などが並んでいる。
「へえ...食料を要求した割に随分豪勢だな」
「ええ、私といたしましてもこうして、誰かと食卓を囲むのは数年ぶりですので」
そうして、しばらくは他愛ない雑談が続く。たとえば、俺たちがクローバーの街を目指していることや、クリスの日常についてなどだ。リイさんは静かに耳を澄ませ周囲を警戒している。会話は主にホワイトさんとクリスとの間で繰り広げられる
「てかよお...あんた、使徒教徒だろ?酒飲んでいいのか?」
「ええ、神はこのような廃墟に住む男を気にかけるほど暇ではない...そう考えております」
「.......一向宗の生臭坊主のようだ」
「そのイッコウシュウという宗教は存じ上げませんが.....そちらの教徒の方々も私も結局はただの人間ですので、節制し続けることなど不可能なのです」
「なるほどね.....」
そうすると、ホワイトさんと目が合う、合図だ。俺は本題を切り出す。
「....クリスさん、俺たちは明朝、この街の支配者へ戦いを挑み街を解放します。ホワイトさんの見立てによれば、そいつを倒せば死体たちも活動を停止するそうです。協力していただけませんか?」
「........活動を停止するというのは、生き返るということですか?」
クリスはしばらく考え絞り出すように声を出す。
「ちげーな、この魔術が感染するトリガーはあくまで対象の死亡だろう、術がとければ死体に戻るだけだ」
「......であれば、協力は致しません」
「な、なぜ!!」
「そもそも、勝てるかもわからない戦いに身を投じるのはごめんです。ここでの生活は安定しつつあるのです。」
「..............そうか、であれば私たちだけでその『蝿の王』とやらを殺す」
「そうですか.....であれば、それまではここをご自由にお使いください。ただ、敗北した場合、ここに逃げ込むのはご遠慮ください。また、私もこの件に関しては一切お助けいたしません」
「へいへい、んじゃ、まあ、ごちそうさん」
「お食事の提供、心より感謝いたします」
「..........ではな」
そうして、三人は部屋へと戻っていく。俺は一人残り、クリスと話してみることにする。
「......クリスさん、メリーさんのこと愛してらっしゃるんですね」
「.....!!、まさか...ただの性欲処理のための道具にすぎません」
「でも、あなたの腕...傷だらけです。彼女のお手入れを手伝う際についた傷ですよね?性欲処理の道具ならば、そこまでして彼女に固執しなくても、娼婦を買えばよろしいのでは?」
「ははは、先ほども申し上げた通り、私はこの街から出られないのですよ?」
「失礼を承知であなたの部屋を覗いてしまいました、部屋には化粧品や香水の空き瓶がたくさん転がっていました.....それも全て同じ銘柄.....この街にあるもの全てをかき集めたとしても、到底足りない量では?」
「.......だから、なんだというのです?私に協力しろと?」
「違います、ただ....ちょっと恋バナをしませんか?」
「は!?、恋バナ?」
「俺も、遠い故郷に恋人がいるんです。あの人たちは恋人がいらっしゃらないので、あまりこう言った話ができないんですよ」
クリスは暫し沈黙したのち、高笑いする。
「..............はっはっはっ!!よろしい!、まずは、あなたの恋人との馴れ初めからお聞かせいただいても?」
「ええ、俺の恋人....アンジーっていうんですけど...」
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「勘違いで泣かせてしまったのですか!!私にも似たような経験があります...」
「そうなんですか!....それにしても、クリスさん勇気あるなあ...自分から告白するなんて」
「ええ、彼女を他の誰にも取られたくないと思いまして...まさに一世一代の大勝負でした」
「俺なんて、彼女の方から言わせてしまって、情けない男ですよね」
「そんなことはないはずだ、遠く離れても恋人を一途に想うというのは、案外誰にでも出来るというものではないことなのです。....悪いことは申し上げませんので、早く帰って顔を見せて差し上げてください、互いが生きている内に」
「.......ええ、そうします」
「おーい、小僧。そろそろいくぞー!」
「おはようございます、【主人公】さん」
「........夜更かしか、感心しないな」
ホワイトさん達がそんなことを言いながら、階段を降りてきたところで、クリスと夜通し話していたことに気がつく。
「あ!、クリスさん...俺そろそろいかなきゃ!!」
「.......左様ですか、楽しませていただきました」
そうして、俺たちは扉を開け、外へ出ようとする。
「じゃあ!ありがとうございました!」
そんなとき、クリスさんの声が聞こえる。
「お待ちを!!」
「どうしました?」
「そこのテーブルの上にこの街の地図がございます、お使いください」
「......!!、ありがとうございます」