第二百十二話 『ピグマリオ・ガラッテ作 主神の槍』
入口で料金を支払い、中へ入る。
美術館の内部は圧倒的のひとことであった。
豪奢な装飾が張り巡らされた館内には所狭しと並んだ芸術品。
何よりも目を引くのはエントランスに飾られた女の巨大な彫像であった。
俺とリイの視線はその像に吸い込まれて動かなくなる。まるで、TVに釘付けになる子供のように、視線を外そうだなんて微塵も思わない。
槍を天へと突き立てる凛々しく、この世のものとは思えないほど美しい女。
像の足元には、作者の名前と作品名が彫られた銅板がある。
「『ピグマリオ・ガラッテ作 主神の槍』........」
「凛々しい女性だ......主神という題から察するに、何かの宗教の信仰の対象なのでしょうか?」
「きっと、そうですよ!それにしても綺麗な女性だなあ....」
そのまま、像の女性の美貌に見惚れていると、
にゅっ、と俺の脳内にイマジナリーアンジーがでてくる。......そうして、剣を片手に語りかけてくる。
「【主人公】さん!!これ.......浮気ですよね?....ねえ、私に嘘ついたんですか?ねえ、答えてくださいよ
...ねえ、私以外の女なんて褒めないでくださいよ.......」
いかんいかん、そうだ!こんなこと考えるなんて、彼女に不誠実だ。
一瞬でも他の女性に気を取られた自分を律して、再度像に目をやる。この像のモチーフになった女性は誰なのだろうか.....
それから五分ほど、その像のモチーフや美しさについてリイと語り合っていると、この美術館の学芸員らしきお姉さんに話しかけられる。その女性はカールのかかった赤みがかった明るい茶髪の女性で、美術館の静謐な雰囲気にはあまり合わないような溌剌とした雰囲気を纏う女性であった....こころなしか、像の女神様に似ているような....いや、気のせいか。
「お二人とも、随分と熱心にその像を見ておられますが....この像について詳しく解説いたしましょうか?」
「おお!ぜひ!」
「ご迷惑でなければ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
すると女性は、その像について熱心に語り始める。よくみると、彼女の胸元では使徒教のシンボルである太陽をあしらったブローチが輝いている。
なつかしいな、熱心なガンダムオタクだったネトゲ仲間を思い出させる「熱」を感じる。まあ、あいつが話すガンダムの話は半分くらいよくわからなかったけど.......。
そうして、話を聞いてみると、これがまた興味深い。
「この像の作者は、銅板にもある通り『ピグマリオ・ガラッテ』という方で、今からおよそ二百年ほど前に西方地域を中心に活躍された有名な彫刻家です。この像のモチーフには諸説ありますが。もっとも有力なのは、彼が信仰していた『使徒教』の主神とされる『女神ベッラマーニ』様とされています。他にも!ある日、ピグマリオが悪魔に襲われて、命からがら逃げ延びた日の夜....彼の枕元に現れ、加護と啓示を与えたという伝説が残っています!!他にも.....」
そうして、ほかのピグマリオの逸話や彼と似た作風や思想を持った芸術家の作品などにも話は派生する。
使徒教.....そういえば、ザックが熱心な信者だったなあ.....週末はよく彼に付き合って教会へ顔を出した。
思い返すと、ザックはよく、使徒教の伝説や逸話について語っていた。.....使徒教の教徒はこういった陽気な人が多いのだろうか.....いや、ただの偶然か。
「『使徒教』といえば、世界最大の宗教で、あのモリー・サンタモニカなんかを排出してる宗教ですよね」
「.....たしか、博愛と忠義、純潔を重んじた教義だと聞き及んだことがあります」
「ええ!その通りです!お二人とも博識ですね!」
「はは、どうも」
「お褒めに預かり光栄です」
「...それにしても、少し話しすぎましたかね....すいません......好きなこととなると周りが見えなくなってしまって..」
「いえ、とてもタメになりました!」
そんな彼女の手に目をやるとなにやら書類の束を抱えている。
それを指差し、リイが口を開く
「お話の腰を折るようで、大変恐縮なのですが......その手に持たれた紙束...どこかへ行かれる途中だったのでは?」
「あっ!!いっけない!!この書類を総務課に届けるんだった!!私はこれで!!すいません!!失礼します!!」
そういって彼女はバタバタと走り去っていく。
忙しい人だったな....ただ、色々面白いことが知れた。
「では、リイさん..軽く見て回りながらこのピグマリオという人の作品があるゾーンを目指しましょう」
「ええ、私もちょうど同じことを提案するつもりでした......貴方とは気が合うようだ」
「はは、なんかこの人の作品に惹かれちゃうんですよね.....」
そうして、俺たちは美しい回廊を進みはじめる。
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