第百九十九話 俺たちの覚悟
......まずい。あの耐久力......このままでは魔力が尽きた俺とロックが殺され、援護を失ったリイもやがて殺されるだろう。今まで1番の絶望だ。リイの発勁もロックの操る魔術も、そして俺の反射も通じない。俺の切り札であるヒーロースーツも通じないだろう。考えろ、考えるんだ。そんなとき、ロックが乾いた思考に水を注ぐかのような発言をする。
「.....一応、共有しておくが、この迷宮の魔物の死体はハンマーで砕くと粉々になる。だから、もし、巨大な鉄のハンマーかなにかをあの体にぶつけることができれば.....な、といってもあの虎の体格はおよそ5m.....そんなおおきなハンマーなんてないがね」
「それだ!!!ハンマーだ!!!!」
リイもまた気がついたようだ、ただ、その顔は暗いままだ。
「たしかに、私が能力を解放して全身を鋼にすれば勝機はあるやもしれません。しかし、ただ理性を捨てて力任せに殴るだけでは、あの肉体を砕けるとは思えません」
「.......それでも、そうするしかないならば、俺はリイさんを信じます」
俺が今までみてきたリイは、誇り高い理性の詩人だ。彼ならば、獣性に打ち勝てる....はずだ。
「............であれば、私も覚悟を決めましょう」
僕の魔術も、獣人の体術も、黒髪の特異な力もあの獣には通じない。はっきり言って絶望だ。さきほど、逃げるつもりはないと言ったが、それは勝機があると考えたからだ。勝てない敵と戦うなど非合理の極みだ。
なんなんだ、あの二人は....あの獣人が理性を失うことと引き換えになんらかの力を解放できると言うのは、この際置いておこう....ただ、今まで一度も成功しなかったくせして、その力をこの土壇場でコントロールしようだなんて理解不能だ。
それになんだ、あの二人......あいつらは自分自身を信じているんじゃない。自分を信じてるようで、その瞳に映る互いを信頼しているんだ.......心底、理解できない。
ありえない、この状況では......二人が虎の相手をしている間に逃げるのが最も合理的な正解だ。絆なんて、命の前ではゴミクズ以下の価値だ。それに、この判断は何ら責められるものじゃない、彼らとて、いまさら僕がいようがいなかろうが、関係ないはずだ。
だから、彼らに「勝ち目がないようだ....僕はこんな場所で死ぬのはごめんだから、消えさせてもらうよ」と言ってさっさと逃げよう。
さあ、言うぞ!!
「引き続き、僕が魔術であの虎を足止めする。その間に、その鋼質化とやらをモノにしろ!いいな?」
ああ、やっぱりだめだ。僕には眩しすぎるんだ、君たちの信頼が....
僕も、いつの間にかその輝きに魅入られていたんだ。
どうか、君たちの美しい信頼の輪の中に.........一時だけでも、僕を加えてくれないかい?