第百七十六話 伝説の断片
宿場町での休息を終えた馬車は旅路へと戻る。
今回は珍しく、同乗者がいる。
ジェットという陽気で人当たりの良い獣狩りの男であった。キャメロンという街から来たそうだ。傍に携えた使い込まれた槍や体格から察するに相当な実力者であろう。ただし、「臆病者の石」は反応しない。
俺たちは退屈凌ぎと情報収集をかねて彼と雑談に興じることにした。
「へー...ジェットさんも獣狩りなんですね!.......失礼かもしれませんがお仲間は?」
リイのような特別な事情がなければ獣狩りは徒党を組むのが当たり前だ。
「二人いたんだけどさ、死んじまったんだよ。つい先日、迷宮でな」
ジェットはその問いにあっけらかんと答える。
「あ、あの.....ごめんなさい」
「いやいや、いーのいーの、リーダーは....カス野郎だったし、最期は俺たちを囮にしやがってよお....まあ、死んだらしいし?...一緒に囮にされたやつも死んじまったが、まあ、あいつもリーダーのイエスマンだったしよお..せいせいするって感じだから、まじで気にすんな」
「本当にごめんなさい.....でも、そんな迷宮から生還するなんてすごいですね!!」
今度はリイが口を開く。
「ところで、お話を伺う限り、あなた方が潜った迷宮は相当危険だったとお見受けしますが、どのようにしてそのような状況から生存したのでしょうか?」
「ああ!!それな、なんかその迷宮を踏破したとかいう、妙に胡散臭い魔術師と寡黙な剣士が帰り際に俺を見つけてくれてよお....そんで、まあ、今に至るって感じ?」
「胡散臭い魔術師と寡黙な剣士」この言葉を聞いてハッとする。彼は、俺たちが探し求めるものに出会っていた可能性があると、俺の直感がつげる。リイも気づいたようで、再度質問を投げかける。
「.....なるほど、ところで、あなたを助けた二人組に関して他にご存知なことはございませんか?」
それを聞いて、ジェットはうーん、と唸ったのち、思い出したかのように口を開く。
「.....なんか、魔術師の方が剣士の方を変な呼び名で呼んでたんだよなあ....なんだっけなあ....たしか...」
俺は半ば確信しながら、口を開く。
「....それは、【剣豪】ですか?」
「ああ!!!そうそうそう!!よくわかったな!お前ら..まさかあいつらの知り合いか?だったら、今度会った時にお礼言っといてくれよ!俺も療養した後に、必死に探し回ったんだがよお、さっさと別の街にいっちまったみたいでよお....しかも、迷宮を踏破したのが俺らだって言うことになってるしなあ...」
やはり、か。彼らは自分たちの名が広まることを嫌っている。ゆえに、一つの町には長居せず、功を立てたとしてもそれを他人へ押し付ける。足取りが掴めないわけだ。
「ええ、会うことができれば伝えておきます」
「頼んだぜ!!ところであんたらは、どの街にいたんだ?なんか武勇伝とか聞かせてくれよお!」
「はい、俺たちはゴクラクと言う街にいて....」
そうして、三、四時間ほど雑談へと興じる。
「じゃーな!ゴクラクの英雄殿!!村のガキどもへのいい土産話ができたぜ!!」
そう言って、名も無い農村でジェットは降りて行った。帰農するそうだ
そうして、俺たちの乗った馬車はなおも当てのない旅路を進んでいく。
ただ、彼らの存在を目の当たりにした俺たちの心は晴れやかであった。