第百五十八話 誓い
俺は、ナイフを購入して宿へと戻る。
ただ、このナイフが無駄になるということも、俺が立ち去ったあとの部屋で一体何が行われていたかもわかっていた。
扉越しにも部屋から漂うわずかな血の匂い。
部屋の中の気配は一つだけだ。すでに、話し合いは終わったのだろう。
それは、最も合理的な手段だ。わかっているが、心の中に重くのしかかる感情に名前をつけてはいけない気がして、あえて知らないふりをする。リイは俺が手を汚すことを嫌って、俺を部屋から追い出した。であれば、俺は知らないふりをする。
それが守られた者の礼儀だ。
扉を開ける、リイがいる。
「おかえりなさいませ、買い出し感謝いたします....ですが、彼らが快く全てを語ってくださいましたので、そのナイフは無駄になってしまいました....申し訳ありません」
「いえ、穏便に済んだようで何よりです!」
「...ええ」
「念の為、もう一度聞き込みや、周囲の探索などを行って、二、三日後に動きましょう」
「それがよろしいかと」
その後は、軽く雑談を交わし、俺はノキザルへと進捗の報告へ向かう。彼は、たいそう喜んでいた。
ただ、俺はもう、自分の帰還のことだけを考えるわけにはいかない。俺のために、心を削ってくれるリイのために、俺が帰還した後も、リイが尊厳を守って生きていけるような方法を考えなければならない。
そうして、俺は買ってきたナイフで自分の左手の甲に傷を刻む。
これは、誓いだ。身勝手でエゴに満ちたモノではあるが、いまの俺にはこのくらいのことしか出来ない。
そうして、俺は血の匂いが残る部屋へと戻る。
笑顔を顔に貼り付けて。