第百五十五話 ただより高いものはない
俺たちが今いるのは、「水屋」の支配人室だ。和風な宿の雰囲気とは異なり、この部屋は洋風の執務室だ。
接待用のソファへと座らされた俺たちに向き合う男はその部屋の主であるノキザルだ。こういった交渉の場で矢面に立つのは俺だ。いつも通り、リイは一言も発さず、睨みつけるように威圧感をふりまく。
「お二人とも、食事と温泉は満喫していただけたでしょうか?」
「ええ、素晴らしい体験でした」
「それは、よかった....」
「こんな体験をタダでさせてもらって....今からでも代金をお支払いした方が....」
「いえいえ、それにはおよびません....これはほんのお礼ですので.....」
通り一遍の会話を終えたあたりで、ノキザルは本題を切りだす。
「......それで、お二人は大層腕の立つ獣狩りであらせられるとお見受けしますが、相違ないでしょうか?」
「....ええ、まあ、そこらへんのチンピラよりかは強いと自負しています」
「それはすばらしい!!初めて見た時からそのオーラはただものではないと....」
めっちゃヨイショしてくるなこいつ....
「お世辞はいいので、本題に入っていただけますか?」
「ははは、失礼しました。お二人に依頼したいことがございまして......」
「依頼?どんな?話は内容を聞いてからからでも?」
「ええ、もちろんでございます。お二人にスコーピオンとよばれるこの街の賊を討伐していただきたいのです」
そうして、ノキザルはスコーピオンについて語り出す。スコーピオンはこの街に根付いた自警団の成れの果てみたいな連中で、それがヤクザ化したようなものらしい。彼らはこの街にある歓楽街の店や温泉宿なんかの用心棒をする代わりにかなりの額のみかじめ料を要求しているらしい。この街では新参にあたる「水屋」は独自の用心棒を雇用しており、みかじめ料を断ったが、それ以来いやがらせが続いているらしい。先のカラム兄弟もその一つだそうだ。
一通り話を聞いた俺たちは、しばし考える。リイは俺に一任するといういつものスタンスだ。俺はいくつか質問を投げることにする。
「.....でしたら、自前の用心棒たちにやらせればよいのでは?」
「....彼らではかないませんし、それでは本来の店の用心棒という仕事が滞ってしまいますので」
「......討伐とは?殲滅しろということですか?」
「それは、彼らがこの宿に手出しできないようにしていただければ形式は問いません」
......ヤクザが多少痛い目を見た程度で、引き下がるとは思えない。彼が言うことの意味は「皆殺しにしろ」ということだ。それが、意図的か無意識なことかは不明だが。その後に、ノキザルが提示してきた額面はかなりのものだ。チンピラを相手にする金額としては破格だ。ただ、できれば人は殺したくない.....やる以上はリイにも負担をかけることになる。しかし、コゼットの護衛任務による報酬があるとはいえ金は必要だ。メッセンジャーを探すにしろ、何かしらの手段をとるにしろ、三百年の間手紙を保存するという行為に金がかからないはずがない。それに、日々の生活だってある。俺は、悩みに悩んだ末、依頼をうけることを承諾した。
もちろん、血判上を交わし、破れば殺すと念押しした上で、今回は前金を受け取った。これで、以前のようにただ働きということは無くなった。
そうして、俺とリイは部屋へと戻る。依頼を達成するまでは無料で部屋に宿泊させてくれるらしい。