第百二十二話 今
山を抜けた俺たちは、新たに調達した馬車で引き続きサンゲツへ向けて進んでいる。俺の療養で二日ほど途中の街に滞在したが、それ以外は順調に進んでいく。途中、野盗や魔物の群れに出会うも大した苦労もなく突破していく。そうして、明日中にはサンゲツに到着するだろうというところまできた。本当に濃い旅だった。コゼットやルーナには助けられた。何よりもリイにはとても世話になった。....などと、言っているもののリイとの旅はこれからも続くのだ。しかし、ルーナとコゼットとはサンゲツでお別れだ。最初の頃は怖がられており、まともに話してもいないが、アレンとの死闘が終わったあたりからは、よく話すようになった。冗談を言ってからかい合ったり、互いの昔話をしたり、文学的な話をしたり。俺たち四人の間には確かな「絆」があった。たった一週間程度であったが、俺はこの旅を一生忘れないだろう。
そんな、最後の夜。ルーナがいつもより豪華な夕食を作ってくれた。俺たちはその食事を噛み締める。頬を何かがつたったが、気のせいだろう。リイもルーナも無言で食べている。そんな中、コゼットが口をひらく。
「私、このままお別れなんて寂しいです。.....宜しければこのままバルジャン家で騎士として働かれませんか?」
それは、あのときの話題を逸らすための嘘ではない。切実な「おねがい」であった。しかし、それを受けるわけにはいかない、ということをここにいる全員がわかっていた。だから、答えない。
ただ、もし、俺が未来へ帰れなかったとき、そんなときは彼女たちと過ごすのも悪くないかもしれない、そう思ってしまった。そうして、俺たちは食事を終え、雑談へと興じる。コゼットとルーナの昔話やリイの語る中国の古典、俺のこれまでの冒険譚。
皆が夢中になってそれらについて語り合った。
それは、この「今」を終わらせまいとする、ささやかな抵抗であったのだろう。
ただし、時計の針は進む。数時間後、コゼットとルーナは明日へ備えて馬車の中で眠っていた。
俺とリイは二人で焚き火を囲み、不寝番を務める。
「......リイさん、俺、わがままですよね、未来へ帰りたいなんて言いながら、『今』がずっと続けばいいなんて思ってしまっています」
「........ええ、人間は生まれつきわがままなのです。しかし、良いではありませんか。私たちは、もう、孤独ではないということなのですから」
それ以上は何も言わない。
そうして、無情にも朝日は昇る。
少し、時間を飛ばして、サンゲツの街の正門。
コゼットとルーナは人目も憚らず大泣きしていた。俺たちはそれを宥めつつも、彼女たちの騎士としてを膝をつきたいという衝動を必死に抑え込む。気づけば、俺たちも涙を流していた。
その時だった。
「ひっく…うっ…ぐすっ…ずびばぜん…!わだじが、こんなに、ぶざいぐに、泣いでるがら…お二人も、困って…ひっく!....ほんと、うに...わたしのせいで」
コゼットが、しゃくりあげ、一生懸命に謝ろうとする。しかし、涙と鼻水で、もはや何を言っているのか分からない。その、あまりにも必死で、そして、あまりにも不格好な姿を見て、
「「「…ぷっ」」」
最初に吹き出したのは、ルーナだった。そして、それにつられて、俺ととリイも、こらえきれずに笑い出してしまった。
「…ふふっ…あははは!なんだよ、コゼットさん!顔、ぐちゃぐちゃじゃないですか!」
「これはこれは......初めてお会いした頃とはまるで別人のようですな」
「コゼットったら....もう.......私が拭いてあげるからこっち向いて」
そうして俺たち三人は大笑いする。
それはみたコゼットも頬をプクーと膨らませて抗議する。
「まあ!ひどいですわ、皆さん!…ふふっ、あははは!」
四人の笑い声が、街の喧騒の中に、溶けていく。
俺とリイは顔を見合わせる。
そうして、笑顔が再び涙になる前に逃げるように街を出た。今度は、我慢できそうにないから。
付き合った長さなんて関係ないんですよ
これにて、コゼット編は完結です