第百十五話 白髪鬼
現在は、おそらく真夜中。俺たちの馬車は山頂付近へと到達し、この不気味な山も後半分だ。
「......リイさん、流石に霧が濃すぎませんか?」
「ええ、私もそう考えていたところです」
「リイさん、何か異常は?」
「今のところは.....」
この土地のことはこの土地のものに聞くのが一番であろう。
「コゼットさん、ルーナさん、この山は普段からこんなに霧が深いのですか?」
「....いえ、普段は霧がかかることはあってもこれほどの霧がかかるという話は聞いたことがありませんわ」
「お二人とも、用心を」
俺がそう言うと、ルーナが身構える。
「......何か、いるのでしょうか?」
そんなルーナの瞳には先ほどのような恐怖ではなく、強い意志が宿っている。
「いえ、ただの用心です」
「リイさん、馬車の速度を上げてもらえますか?」
「承知しました」
俺たちはそうして、山を進んでいく。そんな不気味な沈黙を破ったのはリイの声だ
「皆さん危ない!!!!!!」
馬車の進行方向を見ると、そこには鎧武者のような男が立っていた。
このままではぶつかってしまう。しかし、その武者は避けようともしない、そして、俺たちの乗った馬車が近づいてくるのを見て刀を抜く。それに、いち早く反応したのはリイだ。御者席から、こちら側に飛び退く。その次の瞬間、男の刀がこの馬車を縦に真っ二つにしたのだ。間一髪、俺はルーナを抱え、馬車から飛び降り、反射を発動して衝撃を殺す。リイもコゼットを抱えて馬車から飛び降りる。そうして、俺たちは武者へと向き直る。しかし、奴の姿はもうなかった。一瞬、霧が晴れた空に真っ赤な月が登っているのが見えた気がした。