第百四話 理想への飛翔
俺は目を覚ます。どうやら、アレンは谷を越えることを諦めて回り道をしてリイたちの後を追うようだ。俺は残った力をふり絞り、立ち上がる。
「待てよ、サイコ野郎」
「まだ、起き上がるのか、気持ち悪い虫みたいだな」
アレンは今度こそ俺を葬るために剣を抜く。
反射は通じない。タックルも、敏捷強化魔術も通じない。俺は彼の言う通り吹けば飛ぶようなな虫ケラだ。実際、立ち上がってみたものの、勝算はない。そんな俺の頭にふと浮かぶのは、かつての仲間であるエリーナの言葉だ。
「......強化魔術は、体を覆う膜のようなものを生成する。あなたは防御力強化も、敏捷強化も正しく使えていない。魔術は....イメージ。理論は二の次.......」
当時の俺は、それは天才ゆえの感覚だと断じ、それを聞き流した。実際、当時の俺には理解できなかっただろう。
でも、今ならできる気がする。俺はゆっくりと詠唱する。俺が使用するのは敏捷強化魔術と本来の防御力強化魔術だ。
「主よ、我が身に宿るは、名も無き英雄、何よりも疾く、何よりも硬く」
本来、敏捷強化魔術が強化するのは一箇所だ。しかし、俺は全身にそれを使用する。魔術回路や反射神経に至るまで、全てを加速する。そして、全身に俺の身を守る薄い膜を生成する。
リイと馬上で交わした言葉を、そして、先ほどの夢を思い出す。
俺は理想を身に纏う。