第九十七話 かぼちゃの馬車に乗って
俺たちは昨晩の取り決め通り。馬車へと乗り込み。再度目的地を目指す。ここから三日間、途中に大きな街はない。俺たちはここから多少の休息は挟むもののほとんどノンストップで目的地を目指すことになる。御者は相変わらずルーナだ。リイは代わると申し出たものの拒否されてしまった。そうして、御者席にルーナ。後方の座席に俺とリイ、コゼットといった構図で俺たちは森を無理やり切り拓いた街道という名の獣道を進んでいく。しかし、これは好都合だ。馬車のような閉鎖空間であれば議論から物理的に逃げられることもないし、話を逸らされても時間はたっぷりある。まず、口火を切るのは俺だ。
「それにしても、病み上がりであるはずのルーナさんに何日も御者を任せてしまうというのも心苦しいですね」
「問題ありませんわ、彼女の熱は大したことありませんでしたので、一晩休んで回復いたしましたわ」
まあ、そうくるよな。だが、コゼットが一筋縄ではいかないのは昨日の食事会で経験済みだ。だから、俺は狙いをルーナに絞る。あの時、咄嗟にコゼットを庇ったルーナの顔には罪悪感のようなものが滲んでいた。俺はそんな顔を何度も目にしてきた。あの従者は幼馴染だと言っていた。あの従者には何かある、俺は確信していた。
「だとすれば、彼女の軽い体調不良であのような惨事に巻き込まれてしまうだなんて、彼女の心中を思うと胸が痛みます....ねえ?リイさん」
「ええ、自分の責任で他人が..それも大切な友人が危険に晒される....私でしたら自らの命を絶ってしまうでしょう」
「俺でもそうします。いやあ、ルーナさんは心が強いなあ......何か秘訣でもあるんですか?ルーナさん」
案の定、ルーナはどう答えて良いかわからず、固まっている。もう少しで落ちるな。などと考えているとコゼットが口を挟んでくる。
「いえ、あの夜、最終的に強硬策をとったのは私ですわ。彼女の旅先での体調不良にあわてた私が強引にした決断がこのような結果を招き、お二人のお手を煩わせてしまったこと、深く反省していますわ。」
なるほどね、そうくるか。さてどうしようかと考えているとコゼットは再度口を開く。
「ところで、【主人公】さんとリイさんもあのような夜更けにあのような場所で何を?旅の装いでしたし、何かしらの依頼や討伐中といったわけでもないでしょう?」
痛いところをついてくるな。まあ、そっちが嘘でくるならばこっちも嘘で返すまでだ。
「それは、あの近くにあるコウナン村の村長が『空き家にたむろする賊に困っている』とこぼしていたので移動のついでに退治に向かったまでです。深夜の方が「殺し」には向いているので」
「ええ、コウナン村の村長殿には一宿一飯の御恩がありましたので、ほんのお礼に」
それをリイが補強する。さあ、どうする?貴族サマ
「なるほど、無報酬で賊の退治だなんて素晴らしい心構えですわ、是非とも当家の騎士として雇用したいくらいですわ。いかがですか?」
ほお、話を逸らしにかかるか。だが、逃がさんよ。
「でも、命をかけてまで主人や病に臥せる仲間を守るだなんて高潔な騎士に俺たちがなれるでしょうか?」
「命をかけて」の部分を強調しつつルーナに聞かせるように俺は喋る。リイもそれに同調する
「【主人公】さんのおっしゃる通りです。我々は必要とあらば同業者すらも殺す下賎な獣狩りです。そのような人間、あなた方が認められても他の方がお認めにならないでしょう」
このリイの「同業者すらも殺す下賎な獣狩り」という言葉には「俺たちに害をなすなら誰であっても殺す」という言葉が暗に込められている。俺たちにはそんなつもりはないものの、彼女に自身の立場を再認識させる。彼女の唇がかすかに震えるのが見える。ルーナに至っては顔が真っ青で今にも気を失いそうだ。彼女達は俺たちがどんな人物であるか、ようやく思い出したようだ。彼女があきらめて降伏しようとした瞬間、リイの耳が異常を察知する。俺たちはすぐに尋問官から獣狩りへと仮面を付け替える。
「.......私たちを追跡する者がいるようです」
「数は?」
「恐らく単独で、馬に乗っているようです」
「距離は?」
「おおよそ半里です。迎撃しますか?」
「いえ、俺に策があります。ルーナさん、馬車を止めてください」
そうして俺は、地面から15cmほどの位置にジェフの遺品であるワイヤーを張り、それを道を横切るように木に固定する。
「...これでよし。では、行きましょう」
これで少しは時間を稼げたはずだ。この間に、彼女の牙城を崩し、追っ手の正体を暴いてみせる。