第九十五話 テーブルマナー 後編
食堂は、俺が思い浮かべるような食堂ではなかった。俺のイメージは高校の学食みたいな大勢が一堂に会する空間だ。しかし、この宿の食堂は食堂というよりはむしろ高級レストランのようであった。長机や大きな丸テーブルはなく。豪奢な机とこれまた仕立ての良い椅子。それはアントニオの悪趣味な豪華さではなく、本物の気品を放っているように感じた。その空気だけで、俺たちは圧倒された。
「.....コゼットさん、俺たちはこの場に不相応では?」
「いえ、あなた方は私どもの恩人ですわ、どうかそのようなことをおっしゃらないでいただきたいですわ」
「まさか、コゼット様に恥をかかせるおつもりですか?」
「そ、そういうつもりは....」
ここまで言われて、座らないわけにもいかず。俺とリイは渋々席へ着く。
「ルーナ....そういった言葉は淑女のものとは言い難くてよ」
「コゼット様....失礼しました」
コゼットはルーナを諌める。ふと、そんな二人の服装が身分相応のものになっていることに気がつく。
「服、新調したんですね」
「ええ、よく利用させていただく仕立て屋に用意していただきましたわ。どうでしょうか?」
「え、えっと」
どうって言われてもわからない。アンジーはあんまり服に執着ないタイプだったし.....
「よくお似合いです。特に、胸元の桔梗をあしらった金細工は貴女の持つ美しさと気高さを象徴しているようにも思えます」
「リイさん、ありがとうございます」
さすが、リイだ。本物の紳士を見た気がした。
そして、食事が運ばれてくる。しかし、その食事は俺たちが想像するようなものではなく。俺たち獣狩りがよく食べるスープにパン、そして肉料理であった。さすがにこれにはリイも驚きを隠せない。
「こ、これは...」
「ええ、せっかく獣狩りの方とご一緒させていただくので、私も普段【主人公】さんやリイさんが召し上がるものを食べてみたいと思いまして、わがままを言ってしまいました」
と、言いながら小悪魔的な笑みを浮かべる彼女の顔は大変美しく見えた。どうやら、俺たち庶民の考えることなんて全てお見通しのようだ。彼女は、俺たちに庶民の食事の作法を聞きながら食事を進める。その姿さえもとても洗練されて見えた。しかし、せっかくの機会だ。ここで、彼女たちに探りを入れるべきだろう。
「話は変わりますが、コゼットさんたちはどうしてあんなところに?」
「それは....」
彼女は、俺たちにとある貴族の領地からの帰り道、不幸にも賊に発見され、奇襲で男たちは皆殺しにされ、彼女たちは抵抗を諦め、あそこまで拉致された、という完璧なあらすじを言い聞かせた。しかし、いくつか引っかかったことがある。奇襲で騎士が全滅と言うのはどうなのだろうか、この混沌とした時代に貴族を守る騎士。それが獣狩りのなり損ないごときに遅れをとるのか?それに、死体の様子を見る限り殺されて一時間も経っていなかった。...仮に、消耗していたとしてなぜあんな深夜に移動を?彼女がただのわがままな貴族の娘であれば、この違和感はすぐに俺の記憶の底に消えただろう。しかし、ここまで彼女が見せた聡明さが皮肉にも俺の本能に警鐘を鳴らす。リイも同じことに思い至ったのだろう、さらに探りを入れる。
「それにしても....あのような夜更けに敢えて移動されるなんて、それほど逼迫した状況だったのでしょうか?差し支えなければお聞かせ願えますか?」
リイの言葉には言外に「俺たちはただのバカな獣狩りじゃないぞ」という彼女たちへの警告が含まれている。
「それは....」
「それは!、私が熱を出してしまって一刻も早くお抱えの医師に見せるべくコゼット様が配慮してくださった結果です」
「え、ええ。彼女のことが心配で心配で.....」
リイは顎に手を当て、一瞬考える。そうして、これ以上の追及は難しいと判断したのか、彼女について深掘りする方向へとシフトした。
「なるほど...それは素晴らしい主君ですね。私の故郷の王にも見習っていただきたいほどに」
「それは光栄ですわ」
そうして俺たちはいくつか彼女とその実家に関する情報を得た。彼女の生家は出版や帝都にある大学の経営を手掛ける一族であり、特に彼女は文学や詩歌に精通しているそうだ。他にも、本宅は帝都にあり、今目指しているロウサイの家は別荘であるということや、従者のルーナとは幼馴染であることなど、会話は弾んだ。そうして、食事を終えた俺たちは明日の朝、ここを発つという取り決めをしてそれぞれの部屋へと戻った。
二人の容姿について描写するの忘れてました。