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撤退

俺は机の前に腰を下ろした。


 呼吸は落ち着いている。

 落ち着いているはずなのに、心臓の位置だけが妙に“浮いている”。


(……呼ばれた、よな)


 名前として成立する寸前の“輪郭”。

 言葉じゃなく、ただの“形”でしかないのに、

 俺の内側に直接触れた感覚。


 あれは一層では絶対に起こらない。

 二層……いや、“二層に触れた直後だからこそ”だ。


 思考を整理しようとした――その瞬間。


 コツ……ン。


 今度は、壁じゃなかった。


 机の天板。

 目の前にある、触れば指先が届く距離。


「……っ、近っ……!」


 即座に境界を意識し、線を結ぶ。


 大丈夫だ。

 まだ“中には入ってきてない”。


 だけど、確実に距離を詰めている。


 と、その時。


『境界を強くした直後は、必ず逆方向に“引かれる”。その反動で向こう側が一時的に近づく。

 だが、“境界を維持している限り、突破はされない”』という教官の言葉を思い出した


 ……突破はされない。


(……わかってる。わかってるけど……)


 さっきの“名前の輪郭”を思い出す。


 あれは、明らかに俺に合わせてきている。


 一層の頃とは違う。ただのノイズでも、幻聴でもない。


 二層に触れたことで、俺の“形”が向こうに伝わったのだ。


 そしてまた――


 コツ……


 音は一度だけ。弱い。けれど、確かに“応えて”いる。


 俺は奥歯を噛みしめ、境界を一層へ落とすイメージをした。


(……来るなら来いよ)


 境界の厚さを保ちつつ、向こうの接触点を“滑らせる”。


 二層の訓練で習った、『触れさせず、拒絶せず、ただ通過させる』 あの基礎動作。


 その瞬間――


 コッ……


 すっと、音が遠ざかった。さっきまで机の真横にいた“何か”が、廊下の向こうに移動したみたいに。


 異常は、まだ終わっていない。


 だけど、境界の反応は間違いなく俺が“押し返した”。


「……はぁ……」


 息をついた。


(大丈夫……だよな)


 ノックはもう聞こえない。境界も安定している。


 今夜はこのまま眠れるか、そう思った時


 ――すう、と。


 視界の端で、何か黒い影が“逃げるように”揺れた。


 ノックもない、声もない。ただの気配だけ。


(……去った?)


 嫌な感じはなかった。むしろ、撤退に近かった。


 二層の“入口”に触れたことで、向こうも無理に接触するのを避けた――そんな印象だけが残った。


 そしてその夜、

 俺は初めて“異常のあとに普通に眠れた”。


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