スキル診断
救護室の天井は、やけに白かった。
消毒液の匂いが鼻を刺し、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かだ。
「……生きてるな、俺」
数分前まで、牙を向けられていたとは思えない平和さだ。
けれど胸の奥には、まだドクドクと心臓の余韻が残っている。
ノック音。
扉が開き、スーツ姿の女性が入ってきた。落ち着いた表情だが、目だけは鋭い。
「赤木篤さんですね。私はダンジョン管理局・第四地区管理課の者です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「あ、はい……」
彼女は淡々と名刺を差し出し、書類を広げた。
「まず確認ですが――あなたを襲った魔獣は、間違いなく《スラッシュドッグ》で間違いないですね?」
「はい。間違いないです。テレビで見たのと同じでした」
「確認しました。外部への魔獣流出は“原理的に起こりえない”はずなのですが……」
彼女の声が一瞬だけ沈む。
「……本日はイレギュラーが重なったようです」
その言葉がやけに重かった。
***
十分ほど事情を説明し終えたあと、女性職員は別の資料を取り出した。
「では次に……あなたのスキルについて」
そうなるだろうとは思っていた。
俺はゆっくり息をつく。
「あれ、スキルだったんですよね……?」
「はい。映像記録にも、あなたを中心に“バリアらしきもの”が展開されているのが確認されています」
モニターに映ったのは、さっきの俺だ。
飛びかかる魔獣。
薄い膜のように光る壁。
あれが《展開型バリア》。
「……俺、本当にスキル持ちだったんだ」
実感はまだ薄い。
だが職員は淡々と続けた。
「冒険者登録の有無に関わらず、スキルが自然発現した場合、簡易診断を受けていただく決まりになっています」
「診断……」
「はい。負担の大きいものではありませんよ」
***
管理局の別室に移動すると、中央に金属フレームの台座が置かれていた。
手をかざすだけで測定できる、簡易型のスキル診断装置らしい。
「手をここに」
「……こうですか?」
金属に触れると、微かな振動が掌に伝わる。
まもなく、装置が青い光を放ち始めた。
ピ――……ピ、ピッ。
短い電子音。
「結果が出ました」
職員は小さなモニターを覗き、淡々と読み上げる。
「確認できたスキルはひとつ。《展開型バリア》。
属性は無属性、出力は一般的な冒険者平均より“やや上”。
持続時間は短めですが、発現速度は上位です」
「上位……?」
「はい。反応速度の数値が突出しています。危機時の即時発動に適性があるタイプですね」
俺は思わず、自分の腕を見る。
危機に強い?
そんな覚えはまったくない。
ただ必死だっただけだ。
「……なんか、実感湧かないです」
「当然です。スキル発現は人生で一度きり。誰でも混乱しますよ」
職員はそこで少しだけ表情を和らげた。
「ただ、赤木さん。あなたは運が良かった。未登録スキルでバリア持ちは珍しいんです」
「珍しい……んですか?」
「はい。冒険者の中でも10%程度。扱い次第では、パーティの“守りの要”になれる素質があります」
守りの要。
そんな大層な存在になる気はないけれど――
バリアがなかったら、今日俺は死んでいた。
それだけは、現実だ。
***
その時、部屋の扉がノックもなく開いた。
「管理局南棟警備隊・隊長です。赤木さん、大丈夫ですか」
現場で指揮を執っていた男だ。
落ち着いた声だが、目の奥にまだ緊張が残っている。
「あの……あれ、本当に外に出てきたんですか?」
「えぇ。フェンスへの破損・センサーへのログはゼロ。――つまり、痕跡なしの外部出現だ」
隊長の声が、わずかに硬くなる。
「本来ありえない現象です。現在、原因を調査中ですが……」
男は俺の方を見た。
「赤木さん。あなたが最初に“異常なノイズ”を見たという配電盤。あれが鍵かもしれません」
配電盤のノイズ。
そして、魔獣の流出。
俺のスキル発現。
偶然だとは、もう思えなかった。
「何か、共通しているんでしょうか……?」
「わかりません。ただ――」
隊長は言い淀んだあと、続ける。
「今日起きたことは、ただの事故では終わらない可能性があります」
淡々とした言葉なのに、背筋がひやりとする。
まるでこれから起こる“もっと大きな何か”を示唆するような声だった。
「赤木さん。後日、改めて正式な聞き取りがあります。それまで無理はしないでください。今日はもう帰って構いません」
「……わかりました」
俺は深く息を吐き、部屋を後にした。
まだ何も理解できていない。
でも、はっきりしていることがひとつだけある。
――今日から俺の日常は、元には戻らない。
ブクマ、星力になるのでよろしくお願いします




