クラッドウルフ
新宿支部・ゲート前。
薄暗いゲートの縁が淡く光り、空間の“継ぎ目”が呼吸しているみたいに揺れていた。
真白がいつものように深呼吸し、
迅は静かに武器を背負い直す。
「……じゃ、行こうか。大丈夫?」
真白が俺の顔をちらりと見る。
「うん。第二層の訓練は……まだ半端だけど。でも壁くらいなら、流せる自信はある」
迅がうなずく。
「焦るなよ。今回は“浅層B級のボス討伐”。新人向けとはいえ油断はできない。でも篤のバリアは前より扱えるようになってる」
(……そうだ。昨日の圧にも“耐えられた”。完全じゃなくても――前に進める)
ゲートの前に立つと、因幡教官の声が背中に届く。
「赤木。境界の“内側”を意識し続けろ。深く入り込むな。第二層は触れるだけでいい。――今日は“感応より実戦”を優先だ」
振り向くと、因幡教官がこちらをまっすぐ見ていた。
「三人で帰ってこい。以上だ」
俺たちはうなずき、
ゲートに足を踏み入れた。
―――――――――――――――――――
ボス扉前
浅層らしく、作りは単純な通路が多かった。だが湿った空気や、小さくうなる魔力の残響が
ジワジワと精神を削ってくる。
真白が耳を澄ませながら呟く。
「このダンジョン……前に来たやつより、音が重いね」
迅は即答した。
「恐らく今回のボスは“クラッドウルフ”だろう。脚が速いのと、爪が硬いのが特徴だ」
(クラッドウルフ……B級の中では標準。でも俊敏系だから、バリアの遅れは命取り……)
8階層の最奥に近づくほど、空気が湿って生暖かくなる。壁に淡い爪痕が続き、そこから微かな血の匂いが漂っていた。
真白が拳を握りしめる。
「……行こう。私たちならいける」
迅が頷き、俺の方を見る。
「篤、初動は任せる。奴が飛びかかってきた瞬間、第一層で“衝撃だけ”止めてくれ。 その間に俺が側面へ回る」
「了解」
(……第二層に踏み込みすぎるな。“境界の反転”はまだ半分しか使えない。これは普通のボス戦……普通の任務だ)
俺は深呼吸し、扉へ手を添えた。
「開けるよ」
ギィ……ッと軋む音とともに視界が一気に開けた。
――そこにいたのは。
巨大な灰色の狼。全身に石化したような鱗が混じり、爪は鋭く光り、目は血のように赤い。
クラッドウルフ。
最初に反応したのは真白だった。
「来るッ!!」
ガッ……!!
狼の脚筋が弾け、瞬間移動したみたいに距離を詰めてくる。
(速いッ!)
胸の奥の“境界の糸”に触れる。第二層は開かない――開く必要はない。
第一層を“瞬時に展開”。
バンッ!!
俺の目の前で青白い膜が広がり、クラッドウルフの爪が火花を散らした。
(止めた……!)
沈まずに、流されずに、ただ受け止める。
真白がその背後から跳び込む。
「篤、ナイス!!」
拳に魔力を込め、脇腹へ叩き込む。
ドッ!
クラッドウルフがよろめいた。
その瞬間、迅が影のように走る。
「……ここだ」
短い呟きとともに、迅の刃が狼の脚腱を正確に切り裂く。
ギャアッ!!
一瞬動きが鈍る。
(……今だ!)
バリアの第二層に踏み込む――いや、“触れるだけ”。
境界の糸を細く締め、空気の流れをほんの少し歪ませる。
クラッドウルフがこちらへ牙を向けて吠えた瞬間――
風の流れが変わる。
吠え声が半分だけ外へ漏れ、衝撃が弱まった。
(……これで真白が動ける!!)
真白が回り込み、拳を高く引き、叫んだ。
「――迅!!」
「入れ!」
迅が一瞬だけ狼の注意を引きつける。そのわずかな隙に真白の拳が狼の側頭部へ――
ガッ!!
灰色の巨体が崩れ落ちた。
洞窟全体の空気が一気に緩む。
俺は肩で息をしながら、胸の奥の糸がまだ緊張しているのを感じた。
(……第二層、使いすぎなかった。イレギュラーの気配もない。今回は……普通の任務で、終わったんだ)
真白が笑顔で駆け寄ってくる。
「篤、すごかったよ!あの速さを止めるなんて!」
迅も軽く頷き、
「衝撃の“逃がし方”が、昨日より滑らかだった。……第二層に踏み込みすぎてないか?」
「うん。境界の“端”だけ」
迅は安心したように息をついた。
「なら十分だ。これなら、浅層の任務は問題なくこなせる」
真白は胸を張って言った。
「三人でやれば、もっと強くなれるよね」
(……三人で、か)
その言葉が妙に嬉しかった。
扉の奥では、因幡教官が待っている。
“境界に関わる者”としての訓練はまだ続く。
でも。
(今日だけは……“探索者としての俺”でいられたな)
俺たちは倒れたボスを確認し、静かにダンジョンの出口へ向かった。
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