第二層訓練1
ヤットカキオワッタ
翌朝、密封型訓練室の前に立つと、空気がひんやりと引き締まる。
真白が少し眠そうにしながらも手を振った。
「おはよ……篤。ちゃんと寝れた?」
「まあ……半分は寝れた気がする」
「半分って何よ……」
迅は腕を組み、いつも通りの無表情で言う。
「境界が揺れなかっただけマシだろ」
「……それは、まあ」
(実際、深夜に“コツン”は来なかった)
因幡教官はすでに室内の準備を終えていたようで、
扉が開くと同時に声が飛んできた。
「入れ、時間通りだな」
三人は並んで部屋に入る。
密封型訓練室は、やはり異様なほど静かだった。
外の騒音も、機械音すらも吸い込まれるように消えている。
「昨日言った通りだ。
今日は《展開型バリア》第二層“反転境界”の基礎操作を確認する」
俺は無意識に喉を鳴らす。
因幡教官は床の中心を指し示した。
「赤木。そこに立て」
「……はい」
位置につくと、教官は真白と迅に向き直った。
「真白、迅──お前たちはバックアップだ。
赤木が“押し戻せない”と判断した瞬間に止めろ」
真白が緊張した表情で頷く。
迅は短く「了解」と答えた。
因幡教官は俺に一歩近づき、静かに言った。
「赤木。第一段階は“反転の兆候”を意図的に生み出す。
お前は昨日、一度だけ自然に出した。
今日は“自分で引き出す”んだ」
(……自分で……)
教官が俺の胸の位置に手をかざした。
「内側にある“境界の淵”を感じろ。
それを外へ押し出すのではなく──裏返すつもりで触れ」
裏返す……。
外へ展開する“バリア”と違い、
第二層は内側の境界そのものに触れる。
一瞬、耳の奥がきゅっと冷たくなる。
(……あの時と似てる)
昨日、密封型訓練室に入った瞬間に聞こえた“コツン”。
あれを押し返せた感覚。
あれを……もっと明確に。
因幡教官が低い声で続ける。
「赤木。
“恐怖”ではなく“境界”に触れろ。
奴は呼ばん。
呼ばなければ開かん」
その言葉で、少しだけ肩の力が抜けた。
俺は深く息を吸い──
胸の奥、身体の中心に意識を沈める。
暗い水面のような感覚。
その下に、薄い膜のような“境界”がある。
(……ここだ)
そっと触れる。
ピリ……と小さな電気が走る。
背筋が一瞬震える。
真白が心配そうに見守っている。
迅は微動だにしないまま観察していた。
教官は微かにうなずいた。
「触れているな。
そこから“向きを変えろ”。
外へ展開するのと逆方向だ。
内側へ──反転だ」
(反転……)
意識を“内側”へ引っ張る。
境界が、ぐるりと向きを変えようと――
コ……ツ……
耳の奥で、ほんのかすかなノック音が鳴った。
真白が息を呑む。
迅の気配がわずかに動いた。
だが──昨日と違う。
その音は“入ってこようとする”のではなく、
俺が境界の向きを動かしたことで触れただけだ。
触れられた……というより、
“こちらが指先で押した”ような感覚。
(……押せる……!)
境界の向きがわずかに反転し──
胸の奥が、静かに、しかし確実に熱くなる。
因幡教官の声が鋭く響く。
「そこだ、赤木!
それが“反転境界”の初期反応だ!
そのまま維持しろ!」
俺は震える呼吸を必死に整える。
真白が小さく叫ぶ。
「篤、いけるよ! そのまま!」
迅も低い声で支える。
「意識を散らすな。境界だけに集中しろ」
(……いける……)
その瞬間──
境界が“裏返った”感覚が胸を貫いた。
体の中心が一瞬だけひっくり返るような、奇妙な感覚。
吐き気と眩暈が一瞬押し寄せる。
しかし同時に、はっきり分かった。
(これが……第二層……!)
境界が、外へ広がるのではなく──
内側から外へ押し返す形で立ち上がる。
その逆方向の張力が、胸の奥で光るように膨らむ。
因幡教官が鋭く叫んだ。
「――止めろ!」
俺は一気に意識を外へ戻し、境界を閉じた。
反転の熱が、すうっと消える。
膝が落ちそうになるが、迅が肩を支えてくれた。
「危なっ……無理すんな」
真白が駆け寄る。
「篤! 大丈夫!?」
「……ああ……なんとか……」
因幡教官は深く息を吐き、俺を見た。
「赤木──
今のが“反転境界”の第一成功だ」
胸が、どくんと鳴る。
(……俺、できたんだ……)
因幡教官の表情は厳しかったが、
その声には確かな評価が混ざっていた。
「今日の目標は達成した。
後半は細かい制御の練習に移る。
赤木──お前は、確実に進んでいる」
俺は息を整えながら、ゆっくりとうなずいた。
「……はい」
胸の中心に、微かな熱が残っている。
押し返したあの力の余韻。
(やれる……まだ怖いけど……やれる)
真白が小さく笑った。
「やっぱ篤はすごいね……!」
迅は少しだけ口元を緩めた。
「まあ、悪くない出だしだな」
因幡教官はタブレットを操作しながら言った。
「休息は五分。
その後──第二段階に入る」
俺は深呼吸し、熱を胸に抱えたまま立ち上がった。
(反転境界……
これが俺の“境界”の力なんだ)
明日ではなく、
今この瞬間から始まったんだ。
訓練ばっかしてんね
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