再訓練
記念にもう一話
翌朝─。
「赤木、起きてるな。
そろそろ来い。訓練室3だ」
因幡教官の短い通信で、俺は目を覚ました。
昨日の影響はほとんど残っていない。
あの“引かれる”感覚も、今は微塵もない。
(……大丈夫だ。今日はちゃんと行ける)
そう自分に言い聞かせ、支給された訓練服に袖を通す。
_________
扉が開くと、
既に迅と真白はウォーミングアップをしていた。
「篤、おはよ」
真白が小さく手を振る。
「ああ。二人とも早いな」
「……昨日のことがあるからな」
迅が軽く肩を回しながら言う。
「俺たちも気を引き締めないと」
迅の顔はいつもより少し険しい。
だがそれは心配ではなく、仲間として構えてくれている表情だった。
その横で、因幡教官が腕を組んで俺を見ていた。
「赤木。体調は?」
「問題ありません」
「そうか。では──今日から本格的に“制御訓練”に入る」
因幡教官は、
訓練室の照明を少し落とし、中央の床に薄い“光の円”を展開した。
俺は思わず息を呑む。
「……これって?」
「精神領域の可視化だ。
お前の状態を、境界線として表す」
光の円はごく薄く、境界が曖昧に揺れている。
「昨日の干渉痕がまだ残っている証拠でもある」
因幡教官は冷静にそう言った。
「赤木。この円の外に“意識を出すな”。
ただそれだけを意識しろ」
「円の外に……?」
「お前は外から触れられやすい体質になった。
だが裏を返せば──自分の意識の“形”を感じ取りやすいということだ」
(意識の……形)
正直よくわからないが、
因幡教官はその感覚だけで俺をここまで導いてくれた。
「真白、迅。二人は補助だ」
「補助……?」
真白が小首をかしげる。
「ああ。赤木の“境界”が揺らぎ始めたら声をかけろ。
それだけで戻せる可能性がある」
迅が少し不安げに言う。
「つまり……俺たちには何が起きているのか見えないけど、
赤木の反応を支えてやればいいってことか?」
「そうだ。
赤木の内側は赤木にしかわからない。
だが、外側から安定を作るのは仲間の役目だ」
真白は小さくうなずき、俺の肩に触れた。
「篤……無理しないで。何かあったらすぐ言ってね」
「ああ。ありがとう」
因幡教官が指を鳴らす。
「では始める。赤木──円の中心に立て」
俺はゆっくりと円の中央に立つ。
すると、
足元の光が微かに揺れた。
(……これが、俺の境界?)
四方八方に意識が伸びようとするような、
不思議な感覚がする。
昨日の“呼び声”とは全く違う。
もっと浅く、もっと形のある、
自分の意識そのものの広がり。
「赤木、深呼吸だ。
今は“閉じる”ことだけ考えろ」
因幡教官の声が静かに響く。
俺はゆっくりと息を吸い──吐いた。
(閉じる……閉じる……)
次の瞬間。
境界の光が一瞬だけ濃くなる。
「……っ!」
胸の奥にズン、と重みが落ちた。
だが痛みはない。
苦しさもない。
(これ……案外、できる……?)
だが気を緩めかけた瞬間――
光の円がわずかに外へ“広がろう”とした。
「篤!」
真白がすぐに声を上げた。
「おい赤木、戻れ!」
迅も続く。
その声に、意識が一気に中心へ引き戻された。
光はすぐに元の位置へ戻る。
「……っ、あぶね……」
俺は思わず息をついた。
因幡教官は満足したように小さく頷いた。
「よく戻した。
今のは危険ではないが、油断した時に境界が曖昧になるのは事実だ」
その言葉に、真白と迅がほっと息をつく。
「教官……これ、篤はどのくらいで出来るようになりますか?」
真白が尋ねる。
「赤木の場合は……そうだな」
一瞬だけ、因幡教官は俺の顔を見てから答えた。
「普通の新人よりはるかに早いだろう。
“触れられた経験”がある分、境界の意味を理解しやすい」
(……それは嬉しいのか? 嬉しくないのか?)
複雑な気持ちのまま俺は息を整える。
「赤木。
今日の目標は“境界を保ったまま五分間静止”。
ただそれだけだ」
「五分……」
「簡単ではないが、お前ならできる。
真白、迅。サポート頼んだ」
「任せてください!」
真白が力強く答えた。
「俺も。赤木、一人で抱え込むなよ」
迅が軽く拳を合わせてくる。
俺も拳を返した。
「……ありがとう。やってみる」
因幡教官がスタートの合図を出す。
「──始めろ」
静寂。
呼吸の音だけが部屋に広がる。
足元の光は揺れ、時に薄くなり、時に濃くなり──
そのたびに真白と迅の声が支えに入る。
「篤、大丈夫だよ」
「戻れ、赤木。まだ中心だ」
その声に、意識が何度も中心へ戻された。
そして──
「……五分、経過」
因幡教官の声。
光はゆっくりと消え、部屋に通常の明かりが戻る。
俺はその場にへたり込みそうになった。
「……はぁ……っ……!」
「篤! 大丈夫!?」
真白が駆け寄る。
「なんとか……なんとか……」
意識を保ち続けるだけでここまで疲れるとは思わなかった。
だが因幡教官は静かに言った。
「赤木。
──上出来だ」
「え……?」
「この内容を一日目でこなせた新人はほとんどいない」
因幡教官はわずかに柔らかい声で続けた。
「外に触れられた者は、
その恐怖が意識を鈍らせることのほうが多い。
だが赤木、お前は恐怖に飲まれなかった」
真白と迅が嬉しそうに息をつく。
「篤……すごいよ……」
「やるじゃねぇか、赤木」
俺は苦笑した。
「いや……二人が声かけてくれなかったら無理だった」
真白が少しだけ照れたように笑う。
「支えるのは仲間の役目でしょ。これからも言うからね」
「篤、油断すんなよ。ほんとに」
二人の言葉が、胸に温かく染みていく。
因幡教官は最後に一つだけ告げた。
「……赤木。
境界が安定してきたら、次は“力”そのものの制御に入る。
お前が持つ展開型バリアの──本来の形にな」
(……バリアの、本来の形)
その言葉が、静かに胸の奥に落ちた
まさか半日で500PVも行けると思ってなかった。
ほんとうにありがとうございます。
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