2度目は甘くない
ヤケクソ投稿
空調の音が一度止まり、
その直後に低い唸り声のような振動が医療区画全体に広がった。
「……っ、また揺らいでる」
迅が天井を見上げる。
因幡教官は端末に指を走らせ、すぐに言った。
「赤木。
“外”が帰ろうとしているのではない。
──“探っている”だけだ」
「探って……」
胸の奥がざわりとした。
(また……俺を?)
真白がその顔色に気づき、
そっと俺の手を握った。
「大丈夫。さっきみたいに、ちゃんと戻ってこれたでしょ」
その言葉は優しすぎて、逆に胸の奥に刺さった。
「教官。俺……まだ繋がれてるんですか」
「細い。
だが残滓が残っている以上、
“向こう”はお前を完全に諦めていない」
因幡教官の声は静かだったが、
その手元はわずかに震えているように見えた。
(……怖いのは俺だけじゃないのか)
そう思った瞬間、
少しだけ息が吸えるようになった。
だが──
端末のアラートが一段階大きく鳴った。
「っ……反応が強まったか」
因幡教官が舌打ちする。
「教官、何が起きてるんです?」迅が問う。
「赤木の干渉痕に、
“外の信号”が同期しようとしている。
──このままだと、赤木に“座標”が固定される」
「座標……?」
「そうなれば、
浅層でも深層でもない『別の場所』から、
赤木の意識だけが引きずられる可能性がある」
真白が息を呑む。
「そんなの……だめだよ……!」
「当然だ。だから今、隔離をかける」
因幡教官は端末に手を置き、ゆっくりと全身を落ち着かせた。
「赤木、聞け。
これからお前の精神領域を“閉じる”。
そのためには、向こうの触手みたいな干渉を完全に無視しろ」
「……無視できるなら苦労しないですよ……」
「できる。
お前はさっき自分で戻った。
それは“主導権が赤木にある”ということだ」
(……主導権……俺に)
因幡教官は続ける。
「外は、ただ触れた痕跡に反応しているだけ。
本体が繋がっているわけじゃない。
恐れるな。
むしろ今が切り離すチャンスだ」
教官の言葉は、
恐怖の中に一本の杭を打つように響いた。
「赤木、目を閉じろ。
ゆっくり呼吸しろ」
促されるままに、俺は目を閉じた。
耳鳴りが強くなる。
奥の方で、何かが“揺れている”。
(これだ……こいつが……)
「赤木。
それは“呼び声”ではない。
ただの残滓だ。
──お前が『もう関わらない』と決めれば消える」
(……決める……)
真白の手の温度。
迅の息遣い。
因幡教官の声。
全部、ここにある。
(俺の場所は……こっちだ)
意識の底に、
小さく、はっきりと“線”を引いた。
途端に──
バチッ!
何かが弾けるような音がして、
全身が一瞬だけ軽く浮いたような感覚になった。
次の瞬間、耳鳴りがスッと消えた。
静寂。
完全な。
「……切れたな」
因幡教官の声が低く響いた。
ゆっくり目を開けると、
真白が泣きそうな顔で覗き込んでいた。
「篤……もう大丈夫……?」
「……ああ。大丈夫だ」
自分でも驚くほど自然に言えた。
因幡教官が肩の力を抜く。
「これで良し。
外の反応はまだ少し残っているが──
もう“入口”は閉じた。
お前に触れることはできない」
迅がほっとした表情を見せる。
「じゃあ……篤はもう引っ張られたりしないんだな」
「今はな。
だが油断はするな」
因幡教官は俺を見た。
「赤木。
お前は“向こうに痕跡を残すほどの存在”だ。
弱さではなく、強さゆえにだ」
胸に重いものが落ちたが、
同時にそれが不思議な励ましにも感じられた。
「……篤」
真白がそっと手を離す。
その目には不安と──信頼が同居していた。
「帰ってきてくれてよかった……」
「ああ。悪い、心配かけて」
真白がかすかに笑う。
その瞬間。
医療区画の照明が安定し、
アラートの光もひとつ消えた。
因幡教官はそれを確認し、ようやく言った。
「……よし。
赤木、迅、真白。
三人とも今夜は休め。
明日から制御訓練に入る」
その声は、もういつもの教官のものだった。
「覚悟しておけ。
“二度目”は甘くない」
そう告げて、因幡教官は端末を閉じた。
ブクマ星おなしゃす




