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イレギュラー1

七階層まで順調に進んだ。

 三人での連携も、訓練より自然に噛み合っている。


 真白の斬撃は無駄がなく、

 迅の索敵はほとんど誤差がない。

 そして俺は《展開型バリア》で二人の安全を確保する。


 ……はずなんだが、どうも胸の奥がざわつく。


 バリアを出すたび、

 どこかで糸を引っ張られるような、

 遠くで“気配”が返ってくるような違和感。


(気のせい、じゃないよな──)


 慣れてきているはずなのに、

 むしろ違和感は強くなっている。


「八階層に降りる前に、一度休憩しよう」


 迅が提案し、三人で壁に背を預ける。


「篤、水飲んで。顔、青いよ?」


 真白に水筒を渡され、俺は一口飲む。


「ありがとう。まあ……疲れが溜まってるだけ」


 迅が俺を観察するように見つめる。


「……赤木のバリア、展開速度が速すぎる気がする。

 訓練の時よりも“反応”がいい。

 技術的成長にしては急すぎる」


「え、伸びてるってことじゃなくて?」


 真白が問いかけると、迅は首を横に振った。


「伸びているというより──慣性がある。

 赤木自身の意思より先に、バリアが動いている感じだ」


 俺はハッとした。


(それ……まさに俺が感じてる“引っ張られる感覚”だ)


「……実はちょっと気になってて」


 俺は簡単に違和感を話した。


 真白は不安げに眉を寄せる。


「やっぱり無理してるんじゃ──」


「違う。無理とは少し違うんだ。

 例えば、誰かに“こっちに展開しろ”って言われてるような……」


「どこから?」


 迅の質問に、俺は言葉を詰まらせた。


「……わからない。どっか、向こう側から……みたいな」


 曖昧な表現しかできない。


 迅はその言葉を真剣に受け取り、静かに立ち上がった。


「八階層に降りる前に、もう一度周囲の気配を探る。

 ──何か、おかしい」


 迅が壁に手を当て、目を細める。


 数秒間の沈黙。


 そして、その沈黙は不自然に長かった。


「……どうした?」


 俺が声をかけると、迅は低い声で言った。


「赤木。

 本来、この浅層に存在しない気配がある」


 真白が息を呑む。


「えっ……イレギュラー?」


「断言はできないが……気配の“深さ”が違う。

 普通の魔物の層じゃない。

 ──十階層より下、二十階層以上の“核域”の気配に近い」


 俺の背筋が冷たくなる。


「それって……この浅層に“深層の何か”がいるってことか?」


「ああ。しかも──」


 迅が視線を俺に向ける。


「その気配の揺れ方が……赤木のバリアの反応と類似している」


 真白が息を呑んだ。


「つまり……篤の違和感って──」


「“そいつ”に引かれている可能性がある」


 脳裏に冷たいものが走った。


(俺のバリアが……何かと繋がってる?

 そんな馬鹿な──)


 信じられないが、訓練中から続いている違和感の説明としては、一番しっくりくる。


「……引き返すべきか?」


 俺の問いに、迅は少し考えてから答えた。


「普通なら戻る判断だ。

 だが、気配の位置が……八階層の入口付近に“固定”されている」


「固定……?」


「まるで、待ち構えているみたいに」


 真白が剣を握り直す。


「だったら、降りた瞬間に襲われるってことだよね」


「ああ。

 無防備に降りれば、間違いなく初見殺しだ」


 迅の言葉に、喉が乾く。


 その時、俺は気づいた。


 胸の奥のざわつきが……さっきより強い。


(近い……?)


 まるで、そいつがこちらへ歩み寄ってくるような。


 真白が俺の顔を見て、真剣な声で言う。


「篤。無理しないで。

 これ、ヤバいよ。新人の任務じゃない」


「……でも」


 俺はゆっくりと息を吸った。


「ここで俺だけ退くわけにはいかない。

 二人を置いて戻れるほど、俺は勇気も図太さもない」


 迅が、わずかに目を細める。


「……赤木。

 お前、そういうところは本当に無茶苦茶だな。

 だが──わかった。

 行くなら、俺たち三人で行く」


 真白も大きく頷いた。


「私も一緒に戦うよ! 篤だけ危ない目に合わせるわけないじゃん!」


 俺は二人の顔を順番に見て、

 胸の奥で何かが固まるのを感じた。


(三人で行く。

 この違和感の正体を……見極める)


 迅が短く指示を飛ばす。


「赤木。

 八階層に降りる瞬間、全方向にバリアを展開しろ。

 “待ち伏せ”を想定した形でだ」


「了解」


「真白は同時に前に踏み込み、斬撃の準備。

 俺は横から索敵と牽制に回る」


「任せて!」


 三人で階段前に立つ。


 息が詰まるような静寂。


 八階層の闇は、まるで口を開けて待っている獣のようだった。


「──行くぞ」


 迅の声に合わせ、俺たちは階層を降りた。


 そして──


 その瞬間、視界に“ありえない影”が飛び込んできた。


 本来、浅層には存在しないはずの──

 “深層級の魔物の気配”。


 そして俺の胸の奥が、

 確かに“そいつ”に向かって引っ張られた。

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