ごく普通の外れスキル物
その青年の死因というのが、これまた奮っている。
自分を轢きかけたタンクローリーを両断して、爆炎に巻き込まれたというのだ。
転移女神は、異世界に赴く彼にとっておきの外れスキルをプレゼントした。
青年は『剣鬼』とも『剣魔』とも呼ばれた。『剣聖』と呼んだ者は、過去はもちろん、現在・未来にもいないだろう。
……
バルベルデ王国、王都ジャムシェドプル。
その青年の冒険者ギルドにおける登録名は『ああああ』とも『AAAA』とも言われている。彼にとっては、名などどうでも良かったのだ。
仮に、『ああああ』としておこう。
ああああは、常に自分からは何一つ語らずにポーターの仕事を勤め上げた。
無駄に口を開けば、いずれ外れスキルのことについて語らねばならなくなる、と考えたのだ。
重い葛籠を文句一つ言わず背負い、前衛に的確に武器を放り、盗賊に素早く七つ道具を渡し、後衛に魔力回復薬を手渡す。全て常に完ぺきにこなした。
武器を取って戦ったり、呪文を唱えたり、罠解除・宝箱解錠したり……は全く出来なかったが、それ以外のことは何でもやった。
さて、それで何故ああああは幾度となくパーティを追放され、金銭を得るためにいくつものパーティを渡り歩いたのだろうか。
「お前さん、いつも組むのは綺麗所ばかりだな。全く、うらやましいよ」
まともな名も持たず、ベテランポーターとして新人に生きる術を説くでもないのに、この青年の唯一人の友人として気が向いた時に酒を酌み交わす、ゴブリンの中年剣士・アルットゥリがそうぼやいたことがある。
「……呪いのようなものだ」
アルットゥリの前では、ああああは極稀に口を開く。ジャムシェドプルでは亜人の冒険者は珍しく、ましてやゴブリンの剣士となると初見の者は驚くか武器を抜く。
ああああは驚きもしなかったし、そもそも持っているのは僅かな財産の入った革袋と、葛籠だけだった。どちらからともなく、酒場で姿を見かけては共に隅っこに移り、黙って酒を酌み交わすようになった。
「呪い、ねえ……」
わからねえな、とつぶやいてアルットゥリはケバブの切れっ端を挟んだサンドイッチをかじり、強い酒をあおった。
ああああは、世間一般から見て冒険者がやると思われること以外は、本当に何でもやった。
そして、自分を追放したパーティに対して義理堅かった。
だから、アルットゥリが酒場のテーブルに突っ伏して寝ている間に、すっ、と立ち上がって一仕事しに行くのだ。
概ね互いに没交渉の冒険者の間柄でも、何かのはずみで恨みつらみが積み重なることがある。
不思議なものだ、とああああは仕事に赴く度に思う。
アルットゥリの言う通り、ああああは美人ばかりの女性パーティの中にいることが多い。そうした冒険者が、人気のない路地裏で首のない仏さんになるのは、見るに忍びない。
葛籠を負わずに手ぶらで歩くああああと、怪しげな黒衣の男がすれ違う。
いかなる手妻か、天魔の所業か。袈裟懸けに斬られて倒れているのは、いつも刺客の方なのだ。
王国の裏に聞こえた使い手とすれ違ったことも一度や二度ではないのだが、だいたいアルットゥリが『厠にでも行ったのか』と思う間にああああは一仕事終えて戻ってくる。返り血一つ浴びないああああに、アルットゥリは余計なことを聞かない。
「ここは奢ろう」
ああああは、無用の大金を持ち歩かないくせに、アルットゥリとの飲み代はきちんと奢りで酒場の主に渡す。心付けまで添えて。
ジャムシェドプル冒険者ギルドの受付嬢・パスクアラは一度だけああああの笑顔を見たことがある。
「今回のパーティは男性の方ばかりですよ」
とああああに告げた時だ。
そして、滅多にない恨みがましい目で見られたことがある。
「あんたは嘘は言ってなかった。パーティが代替わりしていたことを忘れていただけで、嘘は言っていない」
ああああの隣には、人の良さそうなダークエルフの女射手・ハンナマリがいる。彼女のパーティに関してだけは、アルットゥリとの友情が仇になっている。
「亜人だろうが獣人だろうが、色眼鏡で見ずに仕事をする男だ」
アルットゥリは、無闇に嘘をつくような男ではない。ハンナマリにああああのことを聞かれた時も、嘘はつかなかった。
「わしらのメンバー更新申請が遅れたばかりに……申し訳ない」
一見人間の幼女に見える、齢百近くの女ドワーフ剣士・マルガレータに深々と頭を下げられては、ああああももとより寡黙な質なので、それ以上のことは言えないし言わない。
猫獣人『ネコマタ族』の白魔術師・お玉もマルガレータに倣って頭を下げたのを見て、ああああは天を仰いでため息一つ付いた後、ぴしゃっと両頬を叩いて葛籠を背負った。
実際、ハンナマリ達はベテランたるああああが珍しく口を開いた時の忠告をよく聞いたし、ああああもいつも通り忠実かつ正確な仕事で応えた。
これまでのパーティよりはるかに居心地の良い一団の中にいることで、ああああの悪意に関する嗅覚が少し鈍ったのだ。
そのしっぺ返しは、最悪の形で来た。
何処からどう見ても初心者向けの行商人の馬車を護衛する依頼で、百を超すオーク盗賊団の一群に夜襲されるなどと誰が思うだろうか。
「武器を捨てろ!」
リーダーらしいオークの中年男性が言い、ハンナマリが弓を、マルガレータがウォーハンマーを地面に置く。オークシャーマンが素早くお玉の呪文を封じた。
万事休す……か?!
「『外れスキル』を使う。目を閉じていろ」
この時お玉が普段から細い糸目を薄っすらと開けていた事に気づかなかったのは、『剣魔』ああああの一生の不覚として記憶に刻まれている。
転移した時に穿いていたジーンズとほぼ同じものを、ああああは何着もジャムシェドプル一の仕立て師に作らせている。
ああああが呼吸を整え、気を全身にみなぎらせる。
ズボンのファスナーをああああが下ろすと、雄々しい逸物ならぬ一振の黄金剣『マーラソード』が勃起し、そそり立った!
ああああが跳躍して腰のひねりを利かせると、オーク盗賊団のリーダーが胴を革鎧ごと横薙ぎに両断された。
バルベルデ王国お抱えのカブキ役者でもこうはいくまいという、値千金の腰さばき! 拍手喝采ならぬオーク盗賊の斬られた手や腕が宙に舞う!
お玉が見たのは、地獄絵図であった。
「せ、先生っ、なんとかしてくれ!」
オーク盗賊のサブリーダーが叫ぶと、幽鬼の如きオーク剣客がのそりと姿を現す。
「冥土の土産に、円月殺法をご覧に入れよう」
泉下の市川雷蔵に全力で喧嘩を売るスタイルで、ああああの逸物が残像を残しながら円を描く。
数秒、ああああ以外の全てが静まり返る。
一閃。ただ一撃あれば十分であった。オーク剣客の首から、血が吹き出す。どさり、倒れた。ああああはもはや遮る者もない一方的な殺戮を再開する!
……
「またつマラぬものを斬ってしまった……」
上手いこと言ってんじゃないにゃ、とお玉は心のなかで思わず毒づいた。
「毎度社会的に死ぬ羽目になる俺のような男は、墓に刻む名など不要。だから俺はただの『ああああ』なのだ」
マーラソードが縮み、ああああはズボンのファスナーを上げた。
どんなに良いパーティを見つけても、ああああの心には底知れぬ虚無感だけが残る。
何処ともなく歩き出すああああを、ただ、月だけが見送っていた。