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06.さようなら


 どうして、どうしてフィニアス様がここにいるというのだろう。

 幻覚?幻聴?精霊たちの悪戯?精霊たちもこんなところで悪戯をするなんて空気が読めていない。

 あ、でも妖精に空気を読むことを求めるのがそもそもおかしいというもの。

 精霊たちは人間とは違う価値観で生きているのだから。


「なるほど!幻ですわね!?」

「待て、どうしてそうなる。落ち着けテイル嬢」

「て、テイルじゃありませんわよ!」

 

 精霊たちには髪と目のみを変えてもらっているが、顔立ちはそのままだ。

 とはいえ、色が違うだけで印象はだいぶ違うはずだ。

 他人だと思ってくれないだろうか。

 

 願いを込めて反射で否定したけれど、どう見てもフィニアス様は信じていない顔をしている。

 目を白黒させていると、肩を貸している青年がガタガタと震えていた。

 フィニアス様は私服を着ているけれど、私と違ってフィニアス様は黒髪に金目なのだ。

 言葉もなくただ震えている青年は今にも気絶しそうだ。


 目の前にはフィニアス様、横には気絶寸前の青年、そして周囲は燃えている。

 私は気絶したくなった。


「とにかく、ここから脱出するぞ。話はそれからだ」


 長い足は歩幅が大きく、数歩で私の前に来たと思ったら、私に上掛けを被せてさっと青年を担ぎ上げた。

 哀れにも青年はキャパシティを超えたのか白目を剥いて気絶している。

 上掛けは私の髪と顔を隠してくれている。

 リンベルンの生き残りだと隠してくれているのだと、私は嬉しくなった。


「それでいったん隠しておけ。火避けにもなる」

「ありがとうございます……」


 風魔法で熱風と煙を避けていたが、上掛けをぎゅっと握り締めて目深にかぶる。

 こっそりと精霊にお願いしてフィニアス様も風の膜で包むようにお願いした。

 フィニアス様の真後ろについて歩く形で燃えるカフェの中を進んでいく。

 階段近くまで来てみれば、私たち以外はカフェの中にはもう人気はなかった。

 不思議なもので、こんな状況だというのに私の頭はフィニアス様と会えた安心感と、青年がこれからどうなってしまうのか、そして私はこれからどうしようという混乱で過去の恐怖を忘れ去っていた。


「……フィニアス様」


 もうすぐ出入口というところで、私は上掛けで顔を隠したままフィニアス様の名前を呼んだ。

 これからどうなるとしても、きっと私がフィニアス様とお会いできるのはこれが最後だろうから。


「私を救ってくれて、ありがとうございます。今私がいられるのはあなたのおかげですの」


 少しだけ顔を上げて、金色の瞳に向かってほほ笑む。

 ずっと言えなかった、言いたかった感謝の気持ち。

 堪えていた涙がこみあげてくる。


「--さようなら」


 ちゃんと笑えていただろうか。

 涙でにじむ視界を振り切って、私は出入口へと駆けだした。

 そのまま人混みの中に飛び込んで、走りぬける。

 被っていた上掛けからするフィニアス様の匂いが、胸をぎゅっと締め付けた。


 駆け抜けた先で、路地裏に飛び込み周りを見渡す。

 人がいないことを確認して、髪と目の色を変えてもらった。


「みんな、いっぱいありがとう」

 

 疲れ果てた私はずるずると座り込み、膝を抱きしめる。

 抱きしめた膝はカタカタと震えていて、怖かったのだと自覚した。

 あの場でパニックにならずにいられたのは、今の家族に本当の娘のように愛してもらって、ナタリエ様という友人がいるからだ。

 

 ――そして、何よりもフィニアス様がいたから。


 「もう、会うわけにはいかないわよね……」

 

 この上掛けはお義父様経由でお返しするしかないだろう。

 私の正体はあの青年とフィニアス様以外にはバレてはいない、でもフィニアス様の立場を考えれば、今までのようにフィニアス様の周りをうろつくわけにはいかない。

 青年から私の正体がバレる場合だってあるのだから。

 路地裏で私のため息が響いた。


 ■□■□


 煤だらけで帰ってきた私に、みんな慌てふためいて右へ左へ駆け回り、私はお風呂へと運び込まれ体の隅々まで怪我がないか確認されながら清められ、お風呂から出た後は医者の診察を受けた。

 げっそりと疲れていたが、今度はリビングに呼び出されて根掘り葉掘り尋問が開始された。

 メイドや使用人もいる場だったので『ナタリエ様に誘われていった先のカフェで火事に見合われて逃げるときに、逃げそびれた人を見つけて助けに行ったところで、フィニアス様が駆けつけてくれた』という話で何とかやり過ごす。

 お義父様とお義母様は火事に見舞われたと聞いた時から、私を痛ましい目で見ている。

 無理もないだろう。

 拾ってくれた時はあんなに心を閉ざしていたのだから。

 

「テイル。無事でよかったわ」

「怪我はないのか?医者はなんといっていた?」

「心配をかけてごめんなさい。お医者様も心配ないとおっしゃってくれましたわ」


 お義母様とお義父様が私の元へと来て、柔らかく抱きしめてくれる。

 暖かなぬくもりに包まれて、涙があふれ出た。

 あのカフェで怯えていた青年は、あり得たかもしれない私だ。

 こんなに愛してくれる家族に恵まれているのは奇跡に近い。


「大好きですわ。本当に……」


 その日の夜、私はお義父様を訪ねた。


「お義父様、お話しなければならないことがありますの」

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