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04.女友達とカフェ

 6日ぶりの見学でフィニアス様のお姿を目に焼き付けた私は、王宮から帰ろうとして、ナタリエ様に声をかけてもらった。

 お茶でも一緒にどうか、というお誘いに喜んで飛びついて、今私たちは王都で有名なカフェへとやってきている。

 カフェは2階建てになっていて、私たちは1階の奥にある個室に案内された。

 個室には高そうな調度品と柔らかそうなソファが置かれて、壁には絵画が飾られている。

 物を知らない私でもわかる。

 ここは絶対に私のようなものが来るところではない。


「ナタリエ様はもしかしてとてもいいご令嬢ですの……?」

「あら、ご存知なかったんですの?」


 今はもう割り切っている感情も当時は割り切れなくて学校などにいきたくなかったし、社交場にも出たくなかった。

 その為私は令嬢としての常識は欠けている。

 ある程度整理が出来たこともあり、今は家庭教師をつけてもらい、将来お義兄様も支えるための勉強はしていた。


「ちょっとしたお家でしてよ」


 ふふん、と鼻高にいうナタリエ様は実家に誇りを持っているようだ。

 私には高級で萎縮してしまいそうなこの個室でも、ナタリエ様は自室のように堂々としている。


「ここのケーキはとても美味しいのよ」

「私も甘いもの大好きですわ!」


 いつの間にオーダーしたのか、紅茶とケーキが続々と運ばれてくる。

 シンプルなショートケーキ、ガトーショコラ、チーズケーキ、モンブラン、ミルフィーユ、ミルクレープ、いちごタルト、チョコタルト……。


「お、多すぎませんこと?」

「そうかしら?テイル様と一緒だから羽目を外しちゃったかもしれないわ」


 テーブルの上はたくさんの色とりどりのケーキで埋め尽くされている。

 紅茶のポットとカップの置き場に困るほどだ。

 あまりの量に圧倒されていると、紅茶とケーキを机に並べ終えた店員さんは消えていった。

 まるで私とナタリエ様で密談でもするようだ。

 

 私が大食らいなのかと思われているかと思ったが、ナタリエ様は優雅な手つきで次々とケーキを収めていく。

 一体細い体のどこに入っているのだろう。

 ほっそりとした指先、折れそうな腰をみて、胸部についているたわわな果実をみる。

 私のそれよりも何倍も大きい。

 

 そこか……そこに入っていくのか……。

 

 啞然として眺めていた私に気づいたのか、ナタリエ様がにこりと笑う。


「テイル様は、フィニアス様のどこがお好きなの?」

「どうして、ですの?」

「えぇ、せっかく2人なのですもの。聞いてみたいと思ってましたのよ」


 どこが、と言われれば全部というものだ。

 ロールケーキをもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲みこむ。

 スポンジはふわふわで、生クリームは後味がしつこくなく、飲み込んだあとは口の中にほんのりとミルクの味を残していく。

 こんなに美味しいロールケーキは初めてだった。


「まずは夜の森かの如く深みある御髪の美しさはもちろんですが、切れ長で煌く金色の瞳は月のようで見惚れてしまいますわ。鼻の高さは凛々しく、彫りの深いお顔は誰よりも素晴らしく整っていると思いますの。人形だってフィニアス様より美しくかっこいい顔はされておりません。お体も訓練でついた、無駄のない筋肉は男らしくいらっしゃいます。しかし、厚すぎることがないため、一度剣を振るうときの麗しさにはいっとう素晴らしい踊りを見ているかのようで、つい感嘆を漏らしてしまうというものでして」

「そ、そうなの」


 話しているうちに先ほどのフィニアス様を思い出し、胸が熱くなってしまった。

 思いのままに話していたが、ナタリエ様の声にハッとする。

 目の前でナタリエ様は引いていた。

 にこやかな笑顔の淑女はしかしその胸の中で『聞かなければよかった』と思っているだろう。


「止まりませんでしたの……」

「いえ、いつものテイル様を忘れていた私に非がありますから」

 

 いつもフィニアス様に語って聞かせている姿は他の人にも見られていたことだろう。

 ナタリエ様の引いている顔を思い出して、ちょっぴり恥ずかしくなった。

 恥ずかしいことを言っていない、すべて私の純粋なる本心ではあるのだけども。


「テイル様はフィニアス様のお姿以外に好きなところはありませんの?」

「お姿以外でしたら、もちろんお優しいところですわ」

「失礼ながら私はフィニアス様がテイル様にお優しくしているところは見たことがないのですが……」


 ふむ、と思い出してみれば、確かにいつも語る私を追い払うことの方が多い。

 優しさが見えないというのは確かにそうかもしれない。

 でも語ることを許してくれているという時点で優しいと思うのだ。

 普通であれば気持ち悪くて出禁にされていてもおかしくない。


「--テイル様はリンベルンのことを、ご存じで?」


 ナタリエ様の言葉は氷の刃のように鋭く、心臓がきゅっと締め付けられた。

 カタカタと震える手をナタリエ様に見せないように膝の上へと持ってくる。

 テーブルの下で裾を握り締めた。


「えぇ。知っていますわ」


 声は震えてなかっただろうか。

 やっと絞り出した声は、それが限界だ。


「リンベルンを攻め滅ぼした際、フィニアス様もリンベルンにいらっしゃいました」


 あの日、私を救ってくれたということはリンベルンにいたということだ。


「罪のない人達を、フィニアス様は斬り捨てられました。それが王命だったからですわ」


 血の気が引いていくのがわかり、私はうつむいて隠した。

 ナタリエ様は賢くて聡い方だ、察してしまうかもしれない。


「それでも、テイル様はフィニアス様を優しいとおっしゃられますか?」


 わかっている。

 私はフィニアス様に救われた人間だけど、フィニアス様が殺した人間も、きっといたのだろう。

 見ない振りを気づかない振りをしていたことを眼前に突き付けられた。

 それでも……。


「それでも、私はフィニアス様がお優しいと思っておりますわ」


 恋は盲目、なんて、本当に愚かだ。

 顔を上げてナタリエ様の目を見つめて私はそういった。


「そう。テイル様なら、フィニアス様も救えることでしょう」


 ――ガタンッ

 

 小さく呟いたナタリエ様の声は、地震のような揺れに消されてしまった。

 ナタリエ様の言葉を聞き返そうとして、鼻につく怖気の走る臭いに気がついた。


「ねぇ、何か、焦げ臭くありません?」

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