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03.だからあなたが好き

 そうして家に閉じこもる事5日が過ぎた。

 フィニアス様を5日も拝んでいないのが寂しく、ため息を吐くことが多くなってしまう。


「退屈でもあるのよ」


 ちくちくと刺していた刺繍も終えてしまった。

 今はサロンでゆったりと本を読んでいるが、毎日騎士団の訓練を見に行っていた私は退屈で仕方がない。

 本も読みすぎて、目が滑ってしまう。


「お嬢様。御来客です」

「どなたかしら。ナタリエ様?」

「いえ」


 悲しいことに私には友人と呼べる人がナタリエ様くらいしかいない。

 何人かは訓練の見学をしている時に話したことはあるが、友人と呼べるような関係とは言えないだろう。

 呼びに来たメイドはどこか緊張しているのか、きょろきょろと目を泳がせている。

 ピリッとした緊張が走り、一体誰が来たというのだろうか。


「フィニアス様がいらっしゃってます」

「……!?」

 

 ガタン。

 驚きで立ち上がった私は令嬢らしくなく、足をテーブルにぶつけて大きな音をたててしまった。

 カップの紅茶が波打ったが、幸いこぼれていないことに胸を撫でおろす。


「そ、そんな場合じゃないわ!すぐに参ります!」

「応接室へお通ししております」


 慌て過ぎて何度もドレスに足元を取られながら私は応接室へと向かう。

 応接室の前で深く息を吐き、ドキドキと高鳴る胸を何とか静めた。


 2回ノックの上、そっと扉を開ける。

 扉の向こうには緑を覗かせる黒髪が見えて、フィニアス様がいらっしゃっているのだと知る。


 夢でも見ているのだろうか?フィニアス様が私を訪ねに?

 メイドの勘違いで、お義父様か、お義兄様ではないかしら。

 その可能性の方が高い。お義兄様に至っては領地にいることがほとんどなのだから。


「なるほど!お義兄様を呼んできますわね!」

「なぜそうなった」


 混乱を極めた頭では挨拶も忘れていて、名推理とばかりに解を出したのに、フィニアス様は不愉快そうに目を細めた。

 では、何だというのだろうか。


「えと、ごきげんよう。フィニアス様。本当に私にご用で?」

「あぁ」


 疑問符を浮かべながら、フィニアス様の前へと座れば、メイドが紅茶を用意してくれる。

 落ち着いて顔を上げれば、偽物でもそっくりさんでもないフィニアス様が目の前にいる。

 いつも見上げていて、目を合わせてお話はあまりしたことがないのに、座っているからかお顔が良く見える。

 やはり、美しい顔だ。


「いかがされました?」


 2人とも同時に紅茶を傾けたが、話が始まらないので私から振ってみる。

 フィニアス様は気まずそうに視線をさ迷わせたあと、薄い唇を開いた。


「ナタリエ嬢が……」

「ナタリエ様?」


 ナタリエ様がどうかされたのだろうか。

 お怪我?ご病気?お見舞いにいけるだろうか。

 胸に手を寄せて、ナタリエ様への心配に眉が下がる。


「俺が言い過ぎたためにテイル嬢が来なくなってしまったと」

 

 柳眉をしゅんと下げ、口を引き結んでいるその表情は、怒られた後の子供の様だ。

 私を、というか女性を傷つけたことへの罪悪感だろうか。

 確かに最後にナタリエ様と会ったとき、私はフィニアス様の言葉で傷ついたということになっていた。

 現実は違うのだけど。

 5日も行かなかったことにナタリエ様は私が想像以上の傷心だと思ったのだろうか。

 フィニアス様とナタリエ様に申し訳ないことをしてしまった。


「い、いえ、その。誤解ですの。個人的なことがございまして」

「は?個人的なこと?」


 フィニアス様には、いや、フィニアス様にこそ言えない。

 あの日、私を逃がしてくれたのはフィニアス様だ。

 燃える家の中から、私を救い出してくれた。


「えぇと、フィニアス様には関係ないのでご安心を……」


 決して言えない秘密なのだから、私は嘘をつくことしかできない。

 目を逸らしてぼそぼそと呟くと、ぐっと息を飲む音がした。

 せっかく会いに来てくれたというのに、こんなことしか言えない私が不甲斐なくて仕方がなかった。


 重苦しい空気が流れて押しつぶされそうだ。

 気まずくて紅茶を飲みカップが空になる度、メイドが紅茶をいれてくれるため、お腹はすでにちゃぷちゃぷしている。

 フィニアス様はおかえりになるつもりはないのだろうか。

 そっと視線を上げてフィニアス様を見る。

 訓練着と違う私服は、いつもと印象が異なっていくらでも眺めていられそうと思うものの、さすがの私もそこまで神経は図太くなく。


「私服もとてもお似合いですわ。訓練の時とはまた違うかっこよさがありますのね。フィニアス様お洋服のセンスも冴えていらっしゃいますわ……」

「……」

「すみません」


 というのは気のせいで、どうやら私の神経は図太かったらしい。

 気が付けば口から感想が漏れていた。

 私の空気の読まなさに虚を突かれ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたので、さすがに謝る。

 重苦しい空気が少し消えた気がして、私はフィニアス様に聞いてみたかったことを思い出した。


「フィニアス様は、どうして騎士になられたのですか?」


 私の故郷を滅ぼした騎士に、私を救ってくれた騎士に。

 どうしてなりたかったのだろう。


「……守りたかったからだ」

「フランシスをですの?」


 私はフランシスが憎かった。

 けれど、今の家族、ナタリエ様、フィニアス様は大好きで大切で、その分だけフランシスへの思いは切り離して考えている。

 それに憎しみや恨みは、お母様とお父様が望まないことだから、心の中の箱に入れて鍵をかけた。


「いや、この手に掬えるものを、目の前にいる人たちを救いたかったから、俺は騎士になった」

「それは、とても素敵ですわね。きっと、フィニアス様に救われた人がいらっしゃいますわ」


 今、目の前にいる私のように。

 あの日フィニアス様と繋いだ手の温度は今でも思い出せる。

 記憶に宿る暖かさは私が死ぬまで冷めることはないだろう。


「--それはどうだろうな」


 ほんの一瞬、自嘲するような声が聞こえた。

 辛そうで、苦しそうで、そして自分が嫌いだというそんな表情がにじみ出ている。


「フィニアス様。フィニアス様はとてもお優しい方ですわ。救われた人はきっと幸せですのよ」


 私は今フランシスの『テイル』だ。

 一生涯、フィニアス様にあの日の感謝を告げることはできない。

 本当は涙を流してありがとうと伝えたいのに。

 『テイル』として生きると決めたとき、わかっていた。

 もしフィニアス様とお会いできても、あの日助けていただいた少女です、と名乗れず、他人の顔をしなければいけないことをわかっているつもりだったのに。

 今はそれがひどくもどかしい。

 

「テイル嬢は」

「はい?」


 どうすれば伝わるのだろうか。いや、伝わってはいけないのだけど。

 難しいことを考えるのは苦手で、ぐるぐると頭の中で悩んでいるとフィニアス様が口を開いた。

 

「縁談の話とかないのか。そういう年頃だろう」

「へ、縁談……ですの?」


 確かに私ほどの年齢であれば既に婚約者がいてもおかしくない。

 けれど、私は生涯誰かと添い遂げるつもりはなかった。

 それは私の秘密が露呈してしまう危険もあったし、子供に髪か目が遺伝する可能性もあるから。

 頃合いを見て領地へと住まいを移し、お義兄様のお手伝いをしながら余生を過ごすつもりで、お義母様とお義父様も納得している。

 

「結婚をするつもりはありませんわね。いつか領地へと住まいを移すつもりですの」


 ぐっとフィニアス様の眉間に皺が寄る。

 年頃の令嬢が早々に結婚しないと決めているのは確かに珍しい。

 女は結婚して家に入ったほうが幸せだ、という思想の人も多い。

 修道女なら話は別だが、私は修道女にもなれない。


「そうなのか」

「えぇ、お義兄様のサポートをいたしますわ」


 フィニアス様を見られる機会がなくなってしまうのが惜しく、ずっと王都にいるけれどお義父様とお義兄様が、そろそろ移らないかといってくれている。

 頃合なのかもしれない。

 訪ねてきてくれるなんて幸運にも巡り会ったのだから。


「長く失礼した」

「いえ、お越しいただきありがとうございます。お会いできてうれしゅうございますの」


 話は終わりとばかりにフィニアス様が立ち上がる。

 私はお見送りのためについていく。

 眉間に皺がよったままで、跡にならないか心配だ。


「テイル嬢」

「はい」

「……また、来るといい」


 お帰りになる間際、フィニアス様が呟いた。

 空耳だろうか。

 邪険にされたことは多々あれど、歓迎するように言われたのは初めてだ。

 恋心というのは本当に愚かだと思う。

 だって、領地に行こうと思ったはずなのに、明日また見学に行こうと予定を建ててしまったのだから。

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