01.私の好きな人
朝日と共に起きて、まず初めに魔法をかけることから一日が始まる。
寝ぼけ眼を擦りながら、精霊へと呼びかけた。
「みんな、今日もお願いできるかしら?」
光のもやのように見える精霊たちが集まって、私に魔法をかけてくれる。
ぱらぱらと降り注ぐ光によって、私の髪が白から黒、瞳を赤から茶色へと色を変わる。
「ありがとうみんな。お礼を受け取って?」
水を掬うように手を揃え、意識を向けると手の中に白い光が集まってきた。
手の中いっぱいに白い光が溜まり、しばらくするとその白い光は少しずつ消えていく。
力を貸してくれた精霊たちが食べているのだろう。
手の中が空になったのをみて、クローゼットからドレスを選んでメイクとヘアセットを始める。
普通はメイドにやってもらうらしいのだが、万が一にも魔法をかける前の姿を見られるわけにはいかないので、自然とこうなったのだ
「テイル。おはよう」
「おはようございます。お義母様」
ダイニングではお義母様が既に席についていた。
優しげな眼差しで笑いかけてくれる、たおやかな貴婦人だ。
見つめているのは私の目元だろう。
色を変えていても残る目元はお母様と同じで、お母さまを想起させるのだと知っている。
鼻や口元はお父様に似ているそうだ。
どちらも今は亡くなった2人からの贈り物で、唯一の私の宝物。
「今日も王宮へいくのかしら?」
「そのつもりですわ!拝見できる時に目に焼き付けておきませんと!」
「まぁ、本当に好きなのねぇ」
鼻息荒く、手を握りしめた私をお義母様はくすくすと笑ってくれる。
騎士団の訓練は一部が一般公開されていて、毎日見に行くのが私の日課となっている。
子爵令嬢の私が、騎士団長のフィニアス様を拝見出来る唯一の機会である。
「気をつけていってくるのよ」
「はい!お義母様!」
本当は行ってほしくないだろうに、お義母様はいつも優しく笑って見送ってくれる。
お義母様の気持ちはわかるのだけど、私はフィニアス様を一目でも見たかった。
訓練の見学の常連は私だけど、他にも見に来ている令嬢はたくさんいる。
一般公開されている理由として、男だらけの騎士団の結婚相手探しという話だが、私はフィニアス様にしか興味がないのでよくわからない。
年に一度独身の騎士を集めた雑誌が作られているそうなのだが、フィニアス様は断固拒絶して載っていないのが悔やまれる。
フィニアス様は伴侶を取らないと毎回いうけれど、いつどんな事で恋に落ちるかわからないのに。
きっといつかは素敵な女の人と添い遂げることだろう。
「は!でもそうなるとこうしてフィニアス様を見に来てはいけないわよね……。貴重な時間、堪能しなくてはいけないわ……」
恋人に好意を持っている女が近くにいるというのは、気分が良くないことだろう。
そう思えば、私がフィニアス様を堪能できるのは今だけなのだ。
「流れる玉のような汗すら神々しいわ」
歯を潰した剣で訓練をしているフィニアス様の姿に見とれてしまう。
タオルで汗を拭いている姿のなんと艶めかしいことか。
眩しいほどの美しさを凝視する日々だ。
あまりの眩しさに目を細めそうになるのをこらえていると、騎士の1人がフィニアス様に声をかける。
視線や仕草を見る限り、どうやら私が来ていることを教えているようだ。
途端にむっと眉間に皺を寄せ、騎士を追い払っている。
「テイル様、ごきげんよう」
「まぁ、ナタリエ様。ごきげんよう」
かけられた声に振り向けば、艶めいた黒髪の令嬢のナタリエ様がいた。
私の見学仲間だ。
ナタリエ様の婚約者は副団長を務めていて、雄姿を見るべくよく来ている。
婚約者もナタリエ様に見られているとやる気が出るというくらいの熱々さだ。
黒く細身なドレスはナタリエ様によく似合っている。
「今日もテイル様はフィニアス様をご覧に?」
「えぇ!本当に美しくて目が離せませんの」
「ふふ、テイル様は健気ですのね」
話していると、訓練は終わったようで騎士の人達が見学をしている私たちに一礼して去っていく。
「せっかく声をかけてくれたのですが、フィニアス様のところへご挨拶に行ってきますわ」
「えぇ、気になされないで。私テイル様のそういうことが大好きですのよ」
急いで向かおうとする私に、ナタリエ様が慈愛に満ちた笑顔で背中を押してくれる。
ナタリエ様の婚約者の人は本当に幸せ者だと思った。
「フィニアス様!」
「テイル嬢……また君か……」
「ごきげんよう。本日も素敵でしたわ、特に剣を合わせたときのフィニアス様の瞳は冷たく鋭くて、」
声を張り上げて引き止めれば、あきれた顔をしながらもフィニアス様は立ち止まってくれる。
ため息と共に名前を呼ばれたが、私は気にしない。
つらつらとあふれ出る今日のフィニアス様の感想を聞いてくれる。
「今日も美しかったですの」
「それは何よりだ」
一通り語った私は総括と共にふぅと一息つく。
気だるそうに腕を組んでいるフィニアス様は聞き流していたことだろう。
私はそれでも構わなかった。
「君には何度言っても伝わらないだろうが、俺ではなく他の男に目を向けたらどうだ」
「私はフィニアス様にしか興味はありませんわ!」
「もういい」
苦々しそうに顔を歪めたフィニアス様はさっと身を翻して歩き出す。
話し終えた私は後を追うことなく、その姿を見送った。