道先10
金剛 幸太郎のスキップ
「明日から休みだ!」
社会人一年目、初めての長期休暇を迎える。その為には本日の業務を滞りなく遂行しなくてはならない。そして、付き合い始めてこれまた一年が経過した彼女の唯と明日から2泊3日の旅行に立つ手筈になっているので楽しみで仕方が無い。
慣れない環境ながらこの職場と業務に馴染もうと懸命に動いてきた。空回る事も多くあり柄にもなく落ち込むことも多々あるその中で、同期の一人とは話が合い、会社帰りに飲みに行く友達となった者が居た。男の飲み友と違い、下世話な事こそ言わないが会社で誰がやりにくいだとか、課長の話が長くて毎朝うんざりするなどと言った事柄をよく話をするようになっていた。
アニメや漫画の好みが一緒で、ふらっと映画にも良く一緒に行くし、楽しみにしていた劇場版の物語は初日にお互い違う劇場に足を運び、上映後に飯を食べがてら音質がうんたら、座席が動く事で臨場感がどうのから始まり内容の感じた事まで事細かにやり取りするのも楽しかった。
唯に告白したのは自分からで、同期であり友人として時を重ねていくよりも側で色々な物を感じていたいと思ったから関係性が変わるのではと一瞬迷ったが、素直に思いの丈をぶつけてみたのだ。
彼女の反応は驚きに目を丸くしていたが、『金剛もそんな風に思ってくれていたのか、ありがとう』
と照れたように俯き、次に顔を上げた時には『私も同じ気持ちだ。けど、言い出すの何か怖くて。こんな気さくに好みの話が出来る人を失いたくなかったから……これからもっと近くでよろしくね!』
二っと笑いながらもそうして応えてくれたのだった。
こうして晴れて恋人になれた時から、いつか恋人が出来たら訪れたいと思っていた場所の提案を打診したのだ。
シアター型宿屋。
そこは、所謂、推し活が捗る宿として一躍有名になってから創作界隈では絵師御用達の宿泊施設で自分は参加した事が無いが、『強化合宿』としても使用するとスマホ情報から流れて来ていたのだ。
好きなアニメや映画を大画面で再生しつつ音響もしっかり楽しみながら、23時までなら声を上げて。何なら奇声で騒いでよしと言う神がかった所。さらには、24時間食べ放題のレストラン、ほぼ24時間入り放題の温泉まで完備してあり正に天国。
推し活とは、ひと昔前まで女性が専門であるように使われていたが、昨今アイドルにはまる男子も増え、それに一般人の創作活動における場所は様々な発展を遂げ、今や男女の区別なく正々堂々各々の推し活をしている人が増えてきたのである。
彼女も一度行ってみたかったと言ってもらえ、話はトントンと進んだ。夏にはなるが長期休暇中に利用してみようと言う話があっという間に本決まりし、予約を取ったり互いに楽しめそうな映画を持ち寄ったりと言う計画を細部まで練っていく。
そうして、待ちに待ったのだ。準備が一つ済み、カレンダーを一枚捲る度に近づいてくるのだから。
本日、仕事を終わらせたのは幸太郎の方が先で、先にいつもの居酒屋へとやってきていた。
出掛けるのは今夜、夜行バスで向かう。
その前に腹ごしらえである。この居酒屋の店主と話をつけており、大きな荷物は預かってもらっているお陰で店の奥でサッと着替えも済ませた後、いつもの数品を頼み待機。
程なくして唯が到着し、同様に着替えを済ませ席に着く。お疲れ、とジョッキで乾杯ると、そばからぐーっと飲み干し、出て来たお通しとつまみをひょいパクと口に運んでいく。塩が満遍なく振り込まれ、旨い。小魚の骨までせんべいもカリパリとして非常に良い食感である。
冷奴とキムチ和えなんて、舌を刺激しつつ止まらない美味しさである。秘伝の透明に近いタレが箸を進ませるのだ。
仕事終わりの空腹をこうして満たし、改めて駅へと向かう。
「じゃあ、行こうか」
「ん、そうだね」
店を後にした二人は、アルコールも多少入り、つい気持ちが昂った勢いで手を繋ぎそのまま行くぞ、と歩き出した。
気恥ずかしさは多少あるものの、これから待っている非日常トリップが楽しみ過ぎて些事であった。
二人は夜道を足並み揃え、踊る心のままにスキップを踏んでいた。お互いキャリーケースをゴロゴロ引いているので進み難い事この上なかったが、誰も見ていないとは言えこんな風に舞い上がる感覚が心地良い。
「どうしよう、私楽しみ過ぎるわ」
「俺もっ、何か非日常って凄いな」
「今日まで仕事、頑張って良かったかもー」
「同ー感」
食べたばかりだった事すらも忘れて二人は意気揚々、夜行バスが出る駅の5番線を目指したのであった。
道先シリーズも10になりました。
また気が向いたらまとめておきます。お読みいただいた方、ありがとうございました。
寝ます