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ラスベガスの悪魔  作者: 山木泰吉
1/1


賭け事が強い人間には、二種類いる


一つは常に冷静なベットができる人間

簡単なようでこれができる人間はかなり少ない

これがだけで、賭けに勝つ確率はぐんと上がる

結果最善でない選択をいくつかすることになったとしても、冷静さを失わなければ最後の最後で踏みとどまることができる

それを考えると賭け事をする上で一番大事な才能なのかもしれない

ちなみに僕はできない


そもそも、賭け事をする人間には物欲がある

そして皮肉なことに、欲を念頭に持つ人間ほどテーブルの上で脆いものはない

大きい額になればなるほど冷静さを失う

現金をかけている場合は特にそうだ

恐怖と欲、その二つを俯瞰して完璧に冷静さを保つことなど不可能に近い

少なくともまともな人間には無理だ


……と、僕は思っているのだが、そういう奴は稀にいる

きっとまともな人間ではないんだろうな



そして賭け事の強いもう一種類は、僕みたいに情緒豊かな人間

というと語弊があるかもしれないが、要するに前者とは真逆のタイプだ


「……コール」


まじかよ

思わず出そうになった言葉を飲み込む


僕が今やっているのは現金懸けの複数人制ポーカー


最終的に場に出る五枚のカードと最初に配られる自分の二枚のカードを組み合わせ、フォールド(降りる)をしていない人間のうち最も強い組み合わせを作った者がそれまでの全ての賭け金をいただく

シンプルで標準的なルールだ


僕がベットしたのは三百ドル


随分ふっかけたつもりだったが、まさか乗ってくるとは思わなかった

相手に聞こえない程度に小さく舌打ちをして、僕は一旦自分のカードを確認する


場に出ているカードはスペードのA、ダイヤのQ、ハートの2

僕が持っているのはクローバーのA、スペードのQ


この時点でAとQのツーペアができている

ほぼ理想的な手札と言えるだろう

フラッシュの線もないしこれに勝てるとすればスリーカードくらい

流石に考えにくいか


この時点で僕が負けることはほぼないのだが

……できることなら、降りて欲しかったな


調子に乗ってかけ過ぎたことを少し後悔する


よほど金持ちの集まるカジノではない限り三百ドルという金額は決して安くない

ここの入場料が十ドルであることから考えると、一回の勝負にこれは破格だ


今ので三人は降りていたので、残っているのは向かいの席のスーツ姿の若者

初めて見る顔だ

賭け事自体慣れていないのか、一人だけ手際が遅い


そして、表情を見るに……ブラフか


分かりやすい。自信ありげに見せようとしているところが、逆に痛々しい

手の震えをテーブルの下で隠すのはいいにしても、瞳孔は開きっぱなし

瞳孔に映ったカードが読み取れそうほどだ

冗談だが……


直感でわかる

ブタか、よくて2のワンペア

やはり僕に負ける要素はない


ディーラーが次のカードをめくる

ダイヤの10


「チェック。そのままでいい」


そう告げる

もう十分賭けたしな

悪いが三百ドルで散ってくれ


今度は降りることを期待してふっかけたりはしない

まじで乗ってきそうで怖いから


「……ベット、五百ドルで」


しかし、残念ながら僕の願いは叶わなかったようだ

相手はさらにふっかけてくる

引き際を覚えないと破産するぞいつか


……なるほど、ストレートの線が見えた時点で上乗せしてくるのか


「はあ……」


「どうします?」


ディーラーが聞いているのは、ここで僕が乗るかどうかということだ

ここで僕が賭ければお互い八百ドルづつ


負ければ野宿だな、これは


「……フォールド。降りるよ」


僕はカードを伏せて両手を上げる


「よしっ!」


スーツの彼がガッツポーズして、周りからどよめきが起きる

いつの間にか注目を集めていたようだ


「なんだ、勝ったのか?」「スゲーじゃねえか、新人!」「はったりでよくあそこまで賭けたなぁ、度胸あるぜ」


惜しみない賛辞の言葉が贈られる

どうやら相手の手札は本当に豚だったようだ

満更でもなさそうに頭をかいている


「タイチ相手に三百ドルもぎ取るなんて、そうそうないぜ!」「今度俺とも一戦やれよ!」


あっという間に囲まれて人気者だ

よほど嬉しいのか、スーツの彼の顔はだらしなく緩んでいる

まあ、仕方ないか

豚で相手を降りさせるほど気持ちの良いものはないからな

こうやって人は賭け事にはまっていくんだろう


「新人、名前はなんてんだ?」


「ドーリオです」


「へえ、変な名前。なあドーリオ、勝った祝いに飲もうぜ! それで奢ってくれよ」


ペチペチと僕から奪った三百ドル札がはじかれる


「ええと……」


圧が強くて少し怖いのかスーツの彼は身をすくめる


「おい、ジャック、良い加減にしてやれ。困ってるだろ」


「ん、なんだタイチ? 負けて嫉妬してるのか? せっかくだ、お前もついでに奢っても耐えよ」


スーツの中年の肩に腕を回していた巨漢がギロリと僕をふり向く

ダボダボのパーカーに角ばった顔

相変わらず、見た目だけだとクマかなんかと間違えそうだ

ジャックはここの常連の一人

気立はいい奴なのだが、負けると機嫌が悪くなる癖とだる絡みだけは直して欲しいものだ


「何言ってるんだ、最後のを合わせても僕はプラスだよ」


それまでのゲームでコツコツ勝っていた分、少しだけだがお釣りがくる


「へえへえ、そうかい。お強いこって」


ジャックはふんと鼻を鳴らし僕から顔を背ける

今日は負けたのかもな


「お前の普通のスキンシップは大抵の人にとって脅迫なんだから、それを忘れるなよ」


僕も初めてジャックに絡まれた時は来てはいけない場所に来てしまったのかと焦ったものだ

すぐにジャックなりに僕を歓迎してくれているのだと分かったが、絡まれている彼はいかにも気が弱そうだし、このままだと猛獣に襲われたと勘違いして泣きながら逃げ出しかねない


言われて初めて気づいたのか、ジャックは腕を回されて縮こまっている彼の顔を覗き込む


「なんだお前、怖がってたのか?」


だから、それが脅迫って言うんだ

思わずため息が出る


「悪いな、えっと……ドードリオだっけ。そいつ、顔は怖いけど悪い奴じゃないんだ、勘弁してやってくれ」


「え? あ、はい……ドーリオです」


「そいつに飯奢ると三百ドルなんてすぐ吹っ飛ぶからやめておいた方がいいぞ」


ジャックの食いっぷりは、それはもう胃袋にブラックホールでもついてるんですかっていう感じだ

あれは食べるというより入れるという動詞の方が適切なくらいだ

とにかく一つ言えることは、ジャックと飯を食うときに割り勘をすると割り勘ではなくなるということだ


「なんだよタイチ、人聞き悪いな。そんなことねえよ、なあ?」


ジャック助けを求めるように周りに振ってもみんな苦笑いをするだけで、助け舟を出してくれる優しい仲間はいない

ここの半分くらいの人間が同じような目に遭ってるからな


「じゃあ、もう遅いし僕は帰るよ」


次の勝負に巻き込まれる前に去ることとする


「おう、タイチ。負けたまま逃げんのか?」


「だから最後のを合わせても……まあいいや、そういうことで」


なんか煽られてムカつくが、ムキになるほどでもない

そのままカジノを出る

持論だがこの程度でムキになるんだったらギャンブルなんてやらない方がいい

ムキになってやるギャンブルほど怖いものはないからな

下手したら一夜にして公園生活が待っている

冷静に、平常心で

完璧には無理だとしてもそう心がけるに越したことはない





「ねえ、ちょっとあんた、待ちなさいよ」


少し歩いて人通りの少ない路地に入ったところで後ろから声をかけられる

振り向くと気の強そうな女の子が腰に手を当てて何やら御立腹の様子だった

何に対して怒ってるんだろ

僕とは面識はないはずだから、きっとこの世の世知辛さに対してだろう


それにしてももう秋も半ばだというのに半袖なんて、風邪ひかないのかな、バカなのかな


年齢はおそらく僕のいくつか下

まだ高校生と言われても驚かない


「どうしたのですか、かわいいお嬢ちゃん?」


「なに、その喋り方。ふざけてんの?」


有能な執事の感じを出してみたのだが、失敗だったようだ


「どうしたの、僕になんか用?」


「さっきのポーカー、なんなのよあれ」


「見てたの?」


こんな娘いたっけな

あんまりよく覚えていない

そもそも未成年てカジノ立ち入り禁止じゃなかったっけ

まあ、治安が悪いのはこの街のチャームポイントみたいなものだ

不良っ娘がカジノに混じっちゃうこともあるよね


「最後の試合、なんで降りたのよ」


どうやら彼女は最後の試合の結果が気に入らないらしい

あのゲームだけ異様に注目されてたからな


「なんでも何も、勝てないと思ったら降りる、そういうルールだ」


「そういうことが言いたいんじゃないの!」


もどかしそうに頭をぐしゃぐしゃかいて元気な娘は吠える


「そう言われてもね。あれだけ強気でこられたら誰だって怖気付くよ、相手を褒めるしかない」


「AとQのツーペアだったのに?」


「……ああ、見えたの」


確かにプレイヤー以外が後ろから人のカードを覗くことはできる

イカサマ対策で誰にも見せないように気をつけているつもりではいたが、何かの拍子に見えたのだろう

次からは気をつけないとな


「あの状況で、あなたの負けはほぼなかった」


ネタはあがってんだよ、と言わんばかりに彼女は自信満々に告げる


「スリーカードとかストレートの可能性があるだろ。そんな状態で勝負に行ったら終わりだ」


「そんな可能性考えていたらキリがないでしょ」


「でも、無視はできないよ」


「だとしても! スリーカードだとしたら、最初の時点でペアができているはずでしょ。でもその可能性は初期にベットしていなかったことからも考えずらい。それにストレートだとしたら、あの人は豚で三百ドルに乗ったことになる、それも残りの二枚で10が出ることを期待してね。よほど無謀な人と考えない限り、これじゃあ辻褄が合わないでしょ」


「おお、確かに。頭いいね」


「こんな推論、ちょっと慣れれば誰にだってできるでしょ」


なんでもないことのように言うが、実戦で同じように思考できる人は少ないだろう

バカのようで意外と頭は回るのかもしれない


「僕にはそれが思いつかなかったんだ、残念だよ」


「ふーん」


僕の返事が気に食わなかったのか、じっと娘は正面から僕を見つめてくる


「……ねえ、本当に思いつかなかったの?」


「何が言いたい」


「 あんた、わざと、負けたんじゃないの? ってこと」


「……」


僕は黙ったままじっと娘を見つめ返す

余裕な表情をしてみても、こちらを睨む視線は少しも緩まない

ネタは上がってんだよと言わんばかりだ


なるほど、ほとんど確信を持って言っているわけか

……面倒くさいな


「ふーん……で、だったらどうするんだ?」


「認めるのね」


「ああ、そうだ。僕はわざと負けた。これで満足か?」


「……へえ、開き直るんだ」


じーっと目を細めて娘は批難の表情を作る


「開き直るも何も、別に悪いことしたわけではないよ。イカサマならともかく」


「最低だよ、イカサマよりも!」


「何言ってるんだ。イカサマの方がダメだろ」


「イカサマは勝とうとしてやることだからいいの!」


「頭大丈夫か?」


おっと、口が滑ってしまった

こういうのはできるだけ当たり障りのないことを言って関わらないに限るというのに

しかし僕の言葉が癪に触ったのか、娘の顔がみるみるうちに紅潮していく

綺麗なお顔がぷんぷんまるだ


「……そんなんでギャンブルやってて楽しいの?」


「楽しい?」


「空気を読んで、わざと手を抜いて勝ち分を調節して、そんな茶番やってて楽しいのかって聞いてんの」


ギャンブルが楽しいのか、か

言われてみればそんなこと考えたこともない


実際のところ、どうなんだろうな

僕はカジノの連中とも比較的楽しくやっているつもりでいたが、彼女が言いたいのはきっとそういうことではないだろう


「そんなやり方で、ゾクゾクできるわけないでしょ。つまらない」


そう言われてもな

これが僕のプレイスタイルだ

空気を読み、長期的スパンで見た時に一番僕に得があるように打つ

ずっとそうやってきた


燃えるような一か八かの勝負にゾクゾクするような、彼女のいう楽しさはきっと僕には一生わからない

でもそれは僕にはどうしようもないことなのだ


相手の手札が見えているわけではない

僕に見えているのは、人間の感情の揺れ

恐怖だとか興奮だとか欲だとかそういうものが手にとるように分かってしまう

それが僕の強さだから


「楽しいよ、僕は」


「……あっそ、嘘つくんだね」


「嘘ではないよ」


そもそも僕には、彼女の意図を汲み取ってやる義理はない

適当にあしらっとけばいいんだ、こんなよく知りもしない小娘なんて


決して、核心をつかれて動揺しているわけではない

そもそもギャンブルでそんなやり方をしていたら身が持たないだろ


「もういいかな。僕はそろそろ帰りたいんだけど」


「ちんこもぎ取るわよ?」


「ん、君、今なんて?」


「ちんこもぎ取るわよ?」


「……えっと、ごめん、もう一回いいかな? 最近耳の調子がおかしいんだ」


「ちんこもぎ取るわよ?」


「……」


「……ちんこもぎ取る、わよ?」


「あ、もういいよ、聞こえてるから」


ふむふむ

そうか、ちんこをもぎ取るのか

なるほどなるほど

ちんこね

うん

だめだ、全くわからん


「何回も言わせないでよね、こんなこと……」


というか、なんで自分で言っといて頬をそんなに赤らめているんだよ

痴女なのか? それとも痴女なのか?


「……ねえ、ゾクゾクした?」


「うん、した。でもイメージとは違ったかな。ほら、そもそもギャンブルでゾクゾクするっていう話だったし」


「そうだったっけ?」


「そうだよ」


「……えっち」


「なんでっ!?」


当然のツッコミを入れただけのはずなのだが、娘はなぜかムーッと頬を膨らませる


なんだその上目遣いは

頬を赤らめながらもじもじするな

僕が童貞だったら勘違いしちゃうところだ

ちなみに僕は童貞だったので勘違いをした


「これで分かったでしょ、あんたは心の底ではゾクゾクしたいと思ってるのよ。それがあんたの本性であり、性癖ってわけ」


「ごめん、一ミリもわからなかった。特に性癖のくだり」


「いい、私が言いたいギャンブルの楽しさっていうのはね、全身で感じるものなの。あんたのようにちまちま小手先で儲けるのとは違ってね」


なんかその言い方ムカつくな

小手先でちまちまとか言ってるけど、僕だっていろいろ考えてやってるんだ

そこに優劣などはないはずだ


「私が本当のギャンブルってやつを教えてあげるわ」


「遠慮しとく」


「なんで!?」


「なんでって、こっちのセリフ。というか君、急に出てきてなんなんだよ、文句ばっかり。僕は君の名前すら知らないんだけけど」


「おっと、そういえば自己紹介がまだだったわね」


僕に指摘されてようやく思い出したのか娘は頭をぽりぽりとかく


「私の名前はミサ……仮名だけど大体のカジノで使ってる名前よ。言っとくけど私、ギャンブルに関してはあんたの百倍強いから」


「へえ」


弱そう

と思ったことは置いておいて、すごい自信だな


自慢ではないが、僕はギャンブルに関しては一角の才能があると思っている

それに、わざと負けたことはあっても勝てないと思った相手と出会ったことはない

もちろん行きつけの古びたカジノの中の狭い世界ではあるが


……僕の百倍強い、か

もし本当にそんな人間がいるとしたら、一体どんな世界を見せてくれるんだろうな


「いいよ」


ポケットの中からコインを一枚取り出す


「こっちが表、こっちが裏ね」


「……何するのよ」


「コイントスだよ。もし君が当てたら、僕の負け。その本当のギャンブルってやつを教えてもらおうかな。外したら縁がなかったってことで、僕はこのまま帰る」


「なによ、そんなのギャンブルの強さに関係ないじゃない!」


「運も実力のうちってね。それとも自信ないの?」


「……分かったわよ。乗るわ、その勝負」


「いいね」


キーンと高くコインを弾き、右手で隠しながらキャッチする

コイン操作は何ヶ月か練習して修得した


今上を向いているのは裏

あとは表に誘導すればいいだけだが


「裏」


「本当にそれでいい?」


「裏ね」


「……見えてた?」


「別に。コイン操作してるのは分かったけど、この暗がりじゃ流石に見えないわよ」


「あそ」


「私の勝ちね」


「……残念だけど、ハズレだ」


僕は右手を退ける

そこにあるのは表が上を向いたコインだ


悪いけど、この勝負は最初から勝ち負けが決まっていたんだ


「じゃあね、お嬢さん。風邪ひくなよ」


それだけ言い残して、その場を去る

娘は何も言わずにじっと僕の後ろ姿を眺めていた


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