美少年枢機卿フィンの怒り
その昔、混沌たる時代があった。秩序はなく、世界中が荒れていた。
平和を築こうと、動く働きもあったものの、どれも失敗に終わる。
暴力の前では、言葉は無力だった。
世界の在り方を変えようと、ひとりの賢者が立ち上がる。
各国にひとりずつ聖女を立て、人々が信仰する象徴としたのだ。
聖女は美しく、清楚で、国を守る大きな力を持っていた。
瞬く間に、聖女は絶対的な力となった。
地上に聖女が現れてからというもの。国は次々と平和になっていった。
すべては、聖女の奇跡である。
ひとりの賢者が仕組んだものであったが、人々は聖女に感謝していた。
そんな歴史があることを、世界中の人々は知らない。
けれども、フィン・ツー・アインホルンは違った。
彼は魔法の歴史を研究する魔法使いで、聖女についても調べていた。
禁書を読み解いて、隠された歴史を知ったのだ。
世界平和のために立てた聖女であったが、政治利用され、挙げ句国が滅びそうになっている。
この絶対的な〝聖女〟という存在に、疑問を抱いていたようだ。
彼は聖女の代わりに、聖鳥を召喚したらどうかと提案する。
聖女よりも強大な力を持つそれは、人々の怒りを鎮め、魔物から国を守護し、天変地異を抑える力があるだろう。
それよりも、聖女カタリーナを探したほうがいい。
亡くなっているのであれば、すぐに新しい聖女が生まれているはずだ。
諮問機関の者達は口々に反対する。
聖鳥召喚をするには、多くの聖石と聖水が必要となる。失敗したときの損失を考えると、やすやすと賛成できなかったのだろう。
フィンは言葉の限り、この場にいる者を罵った。
怒り出す者もいれば、呆れ言葉をなくす者もいた。
そんな中で、最終的な判断は議長に託される。
王弟でもある議長は、眉間に皺を寄せながら決定を口にした。
召喚の儀式を実行するために、フィンに聖教会の新たな枢機卿になるようにと。
もしも召喚に成功したら、枢機卿の任期はたった一年。
失敗したら、死ぬまで務めてもらう、と。
フィンは聖鳥の召喚に自信があった。そのため、議長の決定を受け入れたのだった。
結果だけ言えば、聖鳥の召喚に成功した。
しかしながら、その姿は想定外のものだった。
どこからどう見ても、その辺にいる鳥にしか見えなかったのである。
聖鳥は聖女に代わる新たな信仰の象徴にならなければならない。
けれども、このどこにでもいるような鳥の姿では、人々の信仰度は低くなってしまうだろう。
こんなはずではなかった。フィンは頭を抱え込む。
だが、この鳥が聖鳥であるのは間違いない。信仰なんて今はどうでもいい。すぐにでも、魔物の侵攻や天変地異を鎮めてもらう必要があった。
聖食の儀式に移ろうとした瞬間、聖鳥は想定外の行動に出る。
与えた木の実を拒絶しただけでなく、翼をはためかせて逃げたのだ。
途中から転移魔法を用いて忽然と姿を消した。
関係者一同、真っ青になって捜索する。
命が尽きるまで枢機卿を務めるなんてごめんである。フィンは研究者だ。国のゴタゴタに人生を消費するつもりは毛頭なかった。
一時間、必死になって探したものの、聖鳥はどこにもいない。
見つけたら、鳥カゴの中にぶちこんでやる。そういうふうに息巻く中、大聖堂の小部屋から強い光が差し込んできた。
その瞬間、一週間降り止まなかった大雨が、ぴたりと止まった。
どういうことなのか。慌てて駆け込んだら、聖鳥がパンを突いているところを目撃する。
あろうことか、聖鳥は修道女に酷く懐いていた。
驚いた表情でフィンを見つめる娘の特徴に覚えがあった。
珍しい赤狐のような髪を持つ、細身で背が高いご令嬢。
彼女はエルメルライヒ子爵の娘である。偽聖女ユーリアの取り巻きのひとりでもあった。
もしや契約を交わしたのではないか。そう疑っていたものの、契約の印はどこにもないという。舌の裏側や上顎まで確認したというので、間違いないのだろう。
ならば、どうして〝奇跡〟が起こったのか。
フィンは彼女を呼び寄せて問い詰めることにした。