ユーリアとイルゼの話
偽聖女ユーリアの取り巻き時代のイルゼのエピソードです。
ある日父がやってきて、一方的に言い渡す。
聖女カタリーナは偽物だった。罰を与えるので、協力するように、と。
父は中古の衣装店で私のドレスを見繕い、チップを渡して化粧と髪結いをさせた。
鏡に映った私は、酷いありさまだった。ドレスは寸法が合っておらず、化粧はけばい、髪型はどこの古典小説に登場する女だと言わんばかりに古くさい。
それでも、私は文句のひとつも言わすに父に従った。
私の仕事は、衆目の前で聖女カタリーナを糾弾することらしい。
すでに台本が用意され、きちんと暗記しておくように言われた。
書かれていたのは、普通に暮らしているならば絶対に口にしないような罵詈雑言の数々。
よく、このような言葉が浮かんでくるものだと、感心するくらいだった。
「しっかりやるように。失敗は許さん」
「はい」
私に務まるとは思わないが、まあ、やるしかないのだろう。
父とこうして言葉を交わすのは、何年ぶりか。
これだけ会話を交わさなかったら、もはや他人の域である。
向こうもそう思っているのだろう。
今、国を救っている聖女カタリーナは偽物で、本物は妹のユーリアらしい。
私はユーリアの取り巻きのひとりとなり、聖女カタリーナを追い詰める役割を担うようだ。
聖女を輩出したクラウゼ公爵家の家は、実家なんて足下にも及ばないくらいの大豪邸だった。
父はユーリアを紹介する。
お人形さんのように美しいこの女性が、ユーリア・フォン・クラウゼ。
父の話を笑顔で聞いていたものの、いなくなった途端眉をピンとつり上げて叫んだ。
「あなた、なんて恰好ですの!?」
奇遇だ。私も同じことを考えていた。
力量不足だと言って、追い返してくれないか。
そう願ったが、彼女は想定外の行動に出た。
私を風呂に入れるよう、メイドに命じた。
薔薇の香りがする石鹸でごしごし洗われ、髪に艶が生まれる香油が肌や髪にもみこまれる。
真新しい下着が与えられ、ユーリアが最近まで着ていたらしいドレスまで下げ渡された。
鏡に映る私は、まるで姫君のよう。
改めて、着飾った私を見てユーリアは言った。
「やっぱり、磨けば光るタイプだと思っていましたの」
ユーリアは父の作戦に賛同し、本気で実の姉であるカタリーナを国外追放まで追いやるらしい。
本当に、彼女が真なる聖女なのか。
そんな疑問が、私の中にあった。
けれども、彼女を支持するのは、王太子ハインリヒ殿下や聖教会の枢機卿など、そうそうたる人々である。
それに、ユーリア自身も、自分が聖女だという自信があるようだった。
「奇跡の力なんて、同じ姉妹であるわたくしにあっても、なんら不思議ではありませんわ!」
ユーリアの取り巻きの中には、さまざまな役割があった。
カタリーナの悪評を広める者。
カタリーナにワインをかけたり、足を引っかけて転ばせたりなど、危害を与える者。
カタリーナに嘘をつき、不安に陥れる者。
そして私が、カタリーナを罵る役割を担っていた。
カタリーナへの感情は無としか言いようがないのに、彼女を罵るのは胸が痛んだ。
けれども、仕事だと割り切ってやるしかない。
カタリーナの評判が下がる一方で、面白いほどユーリアの評判が上がっていった。
支援者から毎日のようにドレスや宝飾品が届き、ユーリアは取り巻きにどんどん下げ渡す。
私も、いつもみすぼらしい恰好をしているからと、ドレスを何着もくれた。
それだけではない。辛かったら休んでもいいし、お役目を辞退するのも構わないと言ってくれる。
私には、マナーや礼儀を教えてくれた。あと少しだからと、励ましてもくれる。
姉カタリーナには辛く当たるユーリアであったが、取り巻き達には優しかった。
そんな彼女には、夢中なものがあった。
王太子ハインリヒ殿下である。
ハインリヒ殿下はユーリアを愛し、毎晩のように愛を囁いていた。
お似合いのカップルだと評判のふたりであった。
けれども、疑問に思う。
ハインリヒ殿下はまだ、カタリーナの婚約者だ。
まだ関係は続いているのに、こうして会いにくるのはどうかと思う。
別に、婚約破棄してからでも、愛を育むのは遅くないのに……。
どこか、不誠実に思ってしまった。
そんな中で、ある噂話を耳にする。
どうやらハインリヒ殿下は王妃が不貞を働いてできた子どもで、王の血を引いていない可能性がある。聖女ユーリアを支持し婚姻を結ぶことによって、自分の地盤固めに利用しているのでは? と。
きっと、ただの噂話だ。
ハインリヒ殿下がユーリアを利用するために、近づくわけがない。
私は何度もそう言い聞かせ、違和感には気づかない振りを続けた。
今は、ユーリアを信じ、支えるのが私の仕事だから。
結果――ユーリアは真なる聖女なんかではなく、祭り上げられただけの偽聖女だった。
すぐに拘束され、罪人達が投獄される塔へ連行される。
関係者は次々と処罰され、私も覚悟を決めていた。
けれども、私は聖教会での労働を言い渡されただけだった。
なんでも、ユーリアが庇ってくれたらしい。
そのおかげで今、修道女として働く毎日だった。
◇◇◇
ここ数ヶ月の間、さまざまなことがあった。
偽聖女を演じることになったり、全身鎧の不審者にしか見えないリアンと出会ったり、私が本当の聖女で、王女だったり……。
私は王女で聖女という立場を最大限に利用し、シルヴィーラ国の塔に投獄されたユーリアをセレディンティア国に呼び寄せた。
微妙に気まずい……と思っていたが、ユーリアはそうではなかったようだ。
私を見るなり、抱きついてきた。
「イルゼ、ありがとう! あなたは、命の恩人ですわ」
「あ、えっと、うん」
彼女を侍女として従えるなんておこがましい。
なんて思っていたが、ユーリアは喜んで侍女になるという。
そんなわけで、立場は逆転したものの、私とユーリアは一緒に過ごすようになった。
以前よりも打ち解けて、リアンが嫉妬するくらいである。
友達のひとりくらい、許してほしいと思った。




