後日談
王女というのは大変だ。
美しいドレスや宝飾品を与えられ、常に美しくなければいけない。
加えて、たくさんの人と会い、話に耳を傾け、勇気づけるような言葉を与える。
王族としての教育を受けていない私に、王女なんて無理だ。
そう思っていたものの、意外となんとかなっていた。
私の周囲には優秀な人達が大勢いて、助けてくれるからだろう。
今宵は夜会。ダイヤモンドがちりばめられたドレスをまとい、参加する。
常に、私の周りには人だかりができていた。
そんな中、ハト・ポウが飛んできて耳打ちする。
『聖女様、その、リアン氏が限界です』
限界とは?
背後にいるリアンを振り返る。満面の笑みを浮かべていた。
こんなキラキラした笑顔、今まで見たことがない。
私も、すぐに彼が限界だと判断。
リアンの手を握り、会場を駆けていく。
「お、王女殿下、な、何事でしょうか?」
「黙ってついてきて」
私の護衛はリアンひとりに任されている。だから、広場から飛び出していっても、誰も追ってこない。
庭の開けた噴水広場まででてきたら、彼から手を離して振り返る。
「王女殿下、いかがなさいましたか? 不敬を働く輩がいたのならば、このリアンが今すぐ消してまいりますが」
「違う。何も起きていない。あなたが辛そうだったから、ここに連れてきただけ」
「私が、ですか?」
「ええ。ごめんなさい、私のせいで、苦手な社交に付き合わせてしまって」
「いえ。そんなことは、ありま――」
「ある」
噴水を眺めるために置かれている椅子にリアンを座らせ、私も隣に腰を下ろす。
「私、夜会に出るのは止める」
「な、なんでですか!? 陛下が、悲しまれますよ」
そう、それなのだ。
私が社交を頑張れば頑張るほど、家族は喜ぶ。
けれども、その代わりリアンの気力をガリガリと削っていくのだろう。
「私、新しい家族からよく思われたいから、社交を頑張っていた」
幸いといえばいいのか。誰かの指示を受けて動くのは、慣れていた。
育った国で、似たようなことをしていたから。
「家族に好かれようと頑張った結果、大切な人が苦しむのは嫌。だから、もうしない」
「王女殿下……」
「ふたりきりのときは、イルゼって呼ぶって、約束したでしょう?」
「ええ」
リアンはしょんぼりしたままだった。夜会に行かないと言ったら、元気になると思っていたのに。
「私、あなたの元気がなくなってから気づいたんだけれど――」
頑張って家族に好かれるよりも、何もしなくても好いてくれる人のもとで、楽しく暮らしたい。
「王女だと判明した結果できた家族よりも、ただの、何者でもない私を好きになってくれた、あなたが笑顔でいてくれるほうが大事。だからリアン、私の我が儘に付き合って」
「イルゼ……!」
リアンがぎゅっと私を抱きしめる。回された腕が、背中に添えられた手が、震えていた。
「気づくのが遅くなって、ごめんなさい」
「いいえ。遅くなんて、ありません。王女として努力される姿が立派で、とても喜ばしいのに、日に日に苦しくなっていく自分が、恥ずかしくて」
「大丈夫。私も、苦しかったから」
これからは、リアンと楽しく生きたい。
王女という身分にいながら、無責任かもしれないけれど、私は聖女でもある。
国を守護する代わりに、少しだけ自由に過ごしたい。
「リアン、明日、マルコゲと一緒にピクニックに行きましょう」
「いいですね」
「ハト・ポウも一緒に」
「もちろんです」
視界の端で、存在感を消していたハト・ポウが、ハッとなる。微笑みかけると、嬉しそうに翼をパタパタ動かしていた。
「ハト・ポウと言えば、ごめんなさい。あなたが辛そうにしているのを、最初に気づいたのはハト・ポウなの」
「そうだったのですか! ハト・ポウ様、心から感謝します」
リアンに話しかけられたハト・ポウは、若干ぎこちない態度で会釈を返す。相変わらず、リアンが苦手なようだ。
「リアン、これからは、あなたのことだけを見ているから」
「光栄です」
そんなわけで、私の王女業はたった半年で廃業となった。
家族は私達の考えを支持し、夜会に参加しないという考えを認めてくれた。
引きこもり王女なんて言われるかと思いきや、聖女業に専念という噂が広まり、尊敬を集めているらしい。
いい方向に転がっているようで、安心した。
そんなわけで、私とリアンは気ままに暮らしている。
幸せな日々だった。




