踊るならば、私はあなたを選ぶ
ジュール宰相は偽証罪を始め、多くの罪に問われ無期懲役の刑に処された。セレディンティア大国では死刑が執り行われていない。死は誰にも訪れる安寧だからという考えがあるらしい。生涯拘束される罪こそが、罪人へのもっとも重たい刑だという。
これから生涯をかけて、罪を償う。
死よりも生が辛いということを、存分に味わうだろう。
イルゼはセレディンティア大国の王女として、正式に迎え入れられた。突然できた家族に、イルゼは打ち解けるわけもなく、借りてきた猫のような状態となる。
慣れるまでにはしばし時間がかかりそうだ。
レオンドルはシルヴィーラ国に帰国したカタリーナのもとで暮らすらしい。
これからは親善大使として、ふたつの国にかかった平和の架け橋へとなるという。
シルヴィーラ国の国王はイルゼの行いに感謝し、なんでも願いを叶えると言った。
イルゼは迷わず、偽聖女だったユーリアをセレディンティア大国へ招いた。彼女を侍女として、迎え入れたのだ。
再会したふたりは、熱い抱擁を交わす。
長い戦いは終わったのだった。
リアンはイルゼの筆頭騎士に任命された。
イルゼの影のように付き添い、不審な者が現れたら徹底的に排除する。
彼のおかげで、危険が及ぶことはなかった。
◇◇◇
イルゼの帰還を祝した盛大なパーティーが開催された。イルゼは深い緑のドレスをまとい、しぶしぶ参加する。
必要ないと言いたかったものの、両親や兄はイルゼをお披露目したくてたまらない、といった様子だった。それを無下にするほど、空気が読めないわけでもない。
そんなわけでイルゼは国王、王妃、それから王太子に囲まれた状態で、明後日の方向を見上げながら参加者のさらし者になっていた。
イルゼが最初にダンスを披露すると聞いたとき、意識を失うかと思った。
指名した相手が結婚相手となると続く言葉にも、うんざりする。
国王は言った。夜会に参加する中で、好きな相手を選ぶように、と。政治的な気遣いなど不要らしい。
多くの男性が、イルゼに挨拶してきた。皆、王女の伴侶となるために、愛想をかき集めてやってきていたようだ。
男性達がイルゼを褒めるたびに、リアンの機嫌が悪くなるのを感じる。肩に乗ったハト・ポウは、完全に怯えていた。
「さあ、王女よ! 今宵の一曲目を踊る相手を選ぶのだ」
「はあ」
会場を見渡す。すぐ近くにいた者は、緊張の面持ちでいた。
皆、自分が選ばれるのではないかとドキドキしているのだろう。
背後にいるリアンを振り返る。
顔色は真っ青。この世の終わりを迎えているような表情だった。
「リアン、どうしたの?」
「今から、王女殿下が結婚相手を選ばれるので、選んだ男を斬りつけないように我慢しているのです」
「普通に怖いんだけれど」
「申し訳ありません」
想定外の反応に、イルゼは笑ってしまう。自分が選ばれるとは、考えもしていないのだろう。
「リアン」
「はい」
「私と、踊ってくれる?」
「はい?」
「私と踊るように言ったのだけれど」
「王女殿下が、私と!?」
「ええ」
リアンは目を見開き、信じがたいと言わんばかりであった。
イルゼはため息をつきつつ、手を差し出す。
「私でいいのですか?」
「あなたがいいの」
その瞬間、リアンはイルゼの手を取る。ワッと周囲が沸いた。
シャンデリアが輝く会場の中心まで歩き、互いに会釈する。
手を握ってホールドの姿勢を取ると、楽団が曲を奏でる。ゆったりとしたワルツであった。息を合わせ、ステップを踏んでいく。
たくさんの人に見られているはずなのに、自然と気にならなかった。
リアンがこれまでになく幸せそうにしているので、イルゼも同じ気持ちを共有していたのかもしれない。
たくさんの人達が、イルゼとリアンを祝福し、拍手を送っていた。
これまで表舞台に立つことのなかったふたりが、初めて認められた場所でもあった。
イルゼはリアンを見つめる。満面の微笑みを返されて胸が高鳴った。
イルゼはリアンを選んだし、リアンはイルゼを選んだ。
互いに求め合い、一緒に生きることを決めた。
これ以上ない幸せだと思った。
お役目が終わると、ふたりはバルコニーでしばし休む。用意されていた長椅子に腰かけ、ホッと息をつく。
護衛のように背後に立つリアンに、隣に座るよう命じた。
「リアン、見て。星がきれい」
「ええ、本当に」
満天の星が、頑張りを労ってくれるような気がした。
「それにしても、驚きました。まさか、イルゼが私を夫として求めてくださるなんて」
「自分以外の誰かだと思っていたの?」
「はい」
「一時期は自分と結婚すべきだとぐいぐい迫っていたのに?」
「あ、えっと、それはそうなんですが……。相手が王女殿下ともなれば、遠い存在のように思えて」
「ずっと近くにいたのに?」
「ええ。ですが、心は遠かったように思えます」
それはそうだろう。王族としての教育を急ピッチで進めつつ、聖女としての仕事もこなし、家族との時間も過ごしていた。リアンとのんびり過ごす暇はなかったのだ。
「これからは、あなたとの時間を優先するから」
「本当ですか!?」
「時と場合によっては、だけれど」
イルゼはもう、ただの娘ではない。
王女であり、聖女でもあるから。
「ずっとあなたの傍にいることを誓う」
「私も、あなたのお傍に」
見つめ合っていたふたりの影が重なる。
キラリと、夜空の星が尾を引いて流れた。
それは、愛し合うふたりを祝福するような星の瞬きであった。
困難を乗り越えた先に結ばれたイルゼとリアンは、一年後に結婚した。
誰もが羨むような、お似合いの夫婦となった。
物語はめでたしめでたしで幕を閉じる。
最後まで物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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