聖女裁判、閉廷
通常、二卵性の双子は一卵性の双子ほどそっくりではない。男女となれば、成長するにつれてさらに容姿に違いはでてくるだろう。
けれどもイルゼは誰もがわかるほど、レオンドルにそっくりだった。
すぐさま、ジュール宰相が異議を申し立てる。
「双子の男女が、生き写しのようにそっくりなわけがありますか! 証拠はあるんですか!?」
「聖女の刻印が背中に」
それを知るのは、王妃と双子を取り上げた乳母のみ。ちょうど、ふたりとも傍聴席に座っていた。
裁判長がすぐさま提案する。女性の裁判官を同席させ、背中の刻印を確認するようにと。
イルゼは騎士に連行され、別室へと移る。姿を消したリアンには、服を脱ぐ場所までついてくるなと、目線で牽制しておいた。
上半身をはだけさせ、前だけ隠す。その状態で、王妃と乳母がやってきた。
「あなた、本当に、私の子なの?」
「ええ」
王妃は涙ぐんでいた。初めて対峙する母親を前に、イルゼは特別な気持ちはこみ上げてこなかった。
背中の刻印を確認してもらうと、王妃と乳母は間違いないという。
裁判官は質問を投げかけた。
「他に、証拠となるような特徴を覚えていますか?」
「たしか、お腹にほくろが三つ、並んでいたわ」
「王妃様、わたくしめも記憶しております」
イルゼは腹も確認してもらった。王妃や乳母が言っていたホクロは、確かに存在する。
「ああ、なんてこと!」
王妃はイルゼを抱きしめる。このときになって、胸が少しだけ切なくなった。
イルゼは母親の温もりを、生まれて初めて感じたのだ。
ここで、聖務省の記録書が届けられる。イルゼが生まれたときに、聖刻を描いて保管していたようだ。
形や色、刻まれた呪文のひとつまできれいに一致していた。聖なる刻印は本物であると認められる。
「ジュール宰相はどうして、あなたを陥れようとしていたのかしら……」
「きっと、今から明らかになるでしょう」
「ごめんなさい……! ずっと、見つけられなくて」
「王妃様は、悪くありません」
諸悪の根源はジュール宰相である。今から、イルゼ達の逆襲が始まるのだ。
王妃と乳母が証言する。イルゼが生まれたときに確認した聖刻と一致していると。また、聖務省も本物であると保証を付け加えた。
裁判長がジュール宰相に問いかける。
「証人は何をもって、被告人が偽聖女であると主張したのか?」
ここまで追い詰められても、ジュール宰相は堂々としていた。さすが、十何年も悪事に時間をかけるだけある。まだ、無実を主張できると信じているのだろう。
「私のもとに、告発状が届いたからです」
「今すぐ提出するように」
証拠となるものは、すべて持ってくるように指示されている。フィンが偽造した告発状も、持ってきているはずだった――。
ジュール宰相の秘書の顔色が、だんだんと青白くなっていく。探せども、探せども、告発状がないからだろう。
偽装した告発状には、魔法がかけられていた。法廷に足を踏み入れた瞬間、消えてなくなるようになっていたのだ。文章には呪文が練り込まれており、もれなく別の紙に書き写した告発状も消えるようになっている。
「どうしたのです?」
「告発状が見当たらなくって」
「持ってくるように言っていたでしょう!?」
「ええ、あったんです。さっきまでは」
「ここで消えたというのですか? 魔法じゃあるまいし!」
告発状が消えたのは、間違いなく魔法であった。
「では、告発状を探している間に、被告人側の証人の話を聞こう」
法廷にやってきたのは、カタリーナであった。
証人台の前に立ち、凜と意見を述べる。
「聖女イルゼがわたくしの力を奪い、聖女をしていたというのはまったくの嘘です。わたくしが伏せっていた理由は、セレディンティア大国の環境に適応していない状態で、奇跡の力を使ったからです。これに関しては、国家魔法医の診察証明がございます」
裁判官の手によって、裁判長に診察証明が提出される。
「たしかに。それでは、ジュール宰相の証言が嘘、ということになるが、何か意見はあるだろうか?」
裁判長に問われたジュール宰相は、険しい表情で黙り込む。
「意見がないようなので、次の証人を連れてくるように」
騎士隊に連行される形でやってきたのは、死んだはずの人間だった。ジュール宰相は震える声で男の名を呼ぶ。
「エルメルライヒではないか! 貴様、なぜ――!?」
「貴殿の発言は許していない!」
裁判長はエルメルライヒ子爵に証言するように命じた。
「私は、あの男にシルヴィーラ国の領土の半分を渡すから、国を混乱に陥れるようにと命令された。聖女カタリーナを追放するように言ったのも、あの男だ! シルヴィーラ国とセレディンティア大国を共倒れの状態にし、王族を皆殺しにして、自分が国王になろうと企む危険な男なのだ!」
証拠として、エルメルライヒ子爵とジュール宰相がやりとりした手紙が裁判長へと提出された。
「では、最後に双方の意見を聞こう。被告人の弁護人、弁論するがいい」
「被告人の罪より、証人アラン・ジュールの偽証罪について審議すべきだと。もちろん、被告人はごらんの通り行方不明になった王女殿下であり、本物の聖女様だ。無罪を確信している」
「続いて、騎士隊、論告するように」
「……」
返す言葉がないようだ。この先どちらにつくべきなのか、悩んでいるような状態なのかもしれない。
「最後に被告人、何か申すことはあるか?」
「私は罪に問われるような行為はしていない。以上」
「これにて、審理を終了とする。本日はこれにて閉廷!」
木槌がカンカンと打たれ、解散が促された。
アラン・ジュールは国王の命令で連行された。証人として立ったエルメルライヒ子爵も同様である。
彼は暗殺される前に助けられ、ジュール宰相のもとには魔法で偽装した死体の人形が運ばれたのだ。
「ほら、さっさと歩け!!」
連行されるジュール宰相に、イルゼは冷ややかな視線を送る。
この男の野心のせいで、イルゼだけでなくたくさんの人々が振り回された。
奇しくも、イルゼとジュール宰相は同じことを考えていたようだ。
「お、お前のせいで!! 赦さない!!」
ジュール宰相は騎士を振り切り、イルゼに襲いかかる。手には、隠し持っていたナイフを握っていた。
しかし、そのナイフはイルゼに届かずに宙を舞う。
姿消しの魔法が解かれたリアンが、剣で弾き返したのだ。
そのまま殴りかかってこようとしたので、リアンはジュール宰相を蹴り倒す。
普段、魔物相手に戦うリアンの蹴りは、人間相手には強烈だった。
ジュール宰相の体は後方に投げ飛ばされる。証言台の角に頭をぶつけ、気を失ったようだ。
今度は縄でぐるぐる巻きにされた状態で連行された。
なんともあっけない幕引きであった。




