聖女裁判、開廷
イルゼ・フォン・エルメルライヒが偽聖女であるという告発状が届くやいなや、ジュール宰相は嬉々として話に乗じた。
偽造した証拠品をでっちあげ、帰国してきたレオンドルを説得し、話を大きくする。
一週間と時間を置かずに、イルゼを偽物だと糾弾し、拘束させるところまで成し遂げた。
イルゼは瞬く間に騎士に拘束され、地下にある薄暗い牢獄の中へとぶちこまれる。
「嘆かわしいです。イルゼがこのような目に遭うなんて」
ハト・ポウの魔法によって姿を隠した状態のリアンが嘆く。消音魔法が施されているため、リアンの発言は牢の外にいる看守には聞こえない。
「少しの辛抱だから」
イルゼのこの発言は魔法はかかっていないので、看守の耳に届く。リアンの姿は見えないので、独り言を喋っているようにしか聞こえないだろう。
それも、狙いである。
錯乱状態となり、ブツブツと独り言を喋っている状態だという演出であった。
看守達はイルゼを気味悪がっていた。
拘束から裁判まで、期間はそれほど空かなかった。二日目の朝には、イルゼは裁判所に連行されたわけである。
拘束された両手を背中に回し、鎖で繋がれた状態で歩く。なんとも屈辱的だった。
カタリーナも似たような扱いを受けていたことを思うと、胸が痛む。
イルゼと繋がった鎖を持つ騎士は、魔法で姿が見えない状態のリアンからナイフを突きつけられていた。先ほど、皮膚がジリジリとした焼けるような殺意を感じると、同僚に零す。もう少しの辛抱だから我慢してほしいと、イルゼは思った。
裁判を行う法廷内に辿り着く。裁判官席には厳しい表情でイルゼを見下ろす裁判長が腰かけていた。脇には二名の裁判官を従えている。
弁護人席にはフィンの姿があった。ジュール宰相に呼ばれてやってきたのだろう。原告弁護人には見知らぬ男が立っている。証人席にはジュール宰相がどっかりと鎮座していた。事件の調査に当たった騎士隊も、隊長をはじめとする上層部の者達がやってきていた。
傍聴席には国王夫妻と王太子、レオンドル、アイスコレッタ公爵、聖務省の幹部など、国の重鎮が雁首を並べている。
役者は揃った、というわけであった。
イルゼが姿を現すと、ざわざわと騒がしくなる。「騙しやがって!」という野次も飛んできた。リアンが猛烈に睨み、投擲用のナイフを取り出したので、小さな声で「止めて」と注意する。
裁判長が木槌を叩き、「静粛に!」と叫んだ。シーンと静まり返る。とうとう偽聖女を巡る裁判が始まった。
「聖女裁判を開始する。被告人、名をなんと申す?」
「イルゼ・フォン・エルメルライヒ」
「生まれと誕生日を述べよ」
「生まれたのは、シルヴィーラ国、誕生日は春の第三週、駒鳥の鳴く日」
「結構」
イルゼの生まれを聞いたジュール宰相は、ほくそ笑んでいるように見えた。彼女自身、生まれが王女であると気づいていないという確信を得たのだろう。
「これより、被告人が聖女を騙ったという事件について審理する。起訴状を朗読せよ」
裁判長の命令で、騎士隊の隊長が起訴状を読み上げた。
「公訴事実――イルゼ・フォン・エルメルライヒはシルヴィーラ国にて聖女カタリーナの追放に手を貸し、自らが聖女の座を乗っ取った。その後、聖女として各地を行脚する。その活動は、シルヴィーラ国内だけでなく、ジルコニア公国、セレディンティア大国にまで及んだ。聖女を騙り、人々を騙し、聖女カタリーナの奇跡を奪った極悪人。罪状は詐欺罪、強盗罪に値する。以上にて、審理を願う」
でたらめな起訴状であった。イルゼはため息をつきたいのを我慢する。
「起訴状に間違いがあれば、被告人の発言を許可する」
「私は、聖女を騙っていない」
「弁護人、フィン・ツー・アインホルンの意見を問う」
フィンは新しく卸したであろう真っ赤な聖衣をまとい、自信満々な様子で発言した。
「被告人の無罪を主張する。彼女が本物の聖女であるということは、聖教会の枢機卿である僕が認めているから」
傍聴席に腰かける者達の一部は、フィンの主張を耳にした瞬間ほうと熱いため息をつく。中身のない証言であったものの、何人かは信じてしまったようだ。
彼の美しさこそが罪なのだろう。危険な男だとイルゼは思う。
「被告人は席につくように。続いて、証拠の取り調べを請求する。証人、前にくるように」
ジュール宰相がスッと立ち上がり、証言台の前に立つ。名乗りを上げたあと、裁判長に嘘の証言をしないことを約束した。
騎士隊長が起立し、証人であるジュール宰相に質問を投げかける。
「貴殿はどこで被告人が偽聖女であるという情報を握った?」
「匿名の告発文書が届きまして、それをもとに調査を行った結果、彼女が偽物の聖女であるということが発覚しました」
「具体的には、どのようにして聖女を騙っていたと?」
「聖女カタリーナの力を禁術である古代魔法を用いて、奪っておりました。そのせいで、聖女カタリーナは衰弱していたと、魔法医の証言もございます」
どこから連れてきたのか、胡散臭い魔法医が起立し、診断結果を述べた。カタリーナの目に見える衰弱は、聖女の力が奪われたものであったと。
「被告人は聖女カタリーナの力を使って治療し、自らが奇跡を起こしたように偽装していたのです」
それからというもの、次々とでっちあげの証言が上がっていく。事情を知らない者の誰もが、イルゼを偽物の聖女として蔑んだ視線を送っていた。
再び、フィンに意見がないかと質問が飛ばされる。
「彼女は無罪です。なぜならば――」
イルゼは被告人席に立ち、ずっと被っていた頭巾を外す。
さらりと、夕日色の髪が流れた。
レオンドルにそっくりな顔を見て、誰もが驚く。
「彼女は十八年間行方不明になっていたレオンドル殿下の双子の片割れ、セレディンティア大国の王女殿下ですから」




