美少年枢機卿とハト・ポウ
美少年枢機卿の口から、驚くべき真実が告げられた。
「それは僕が先ほど召喚した、聖女の代わりとなる存在だ」
「え!?」
ただの鳥にしか見えないハト・ポウが、聖女の代わりとなる力を秘める聖なる鳥だと。
そうとは知らずに、黒パンを与えてしまった。イルゼは内心焦る。
「召喚後、〝聖食〟と呼ばれる餌付けを行い、契約を交わすつもりだったんだけれど……」
ハト・ポウは美少年枢機卿が差し出した木の実を拒絶し、そのままどこかへと飛び去ってしまった。
「この部屋から強い光が差し込んできたから、やってきたんだ」
美少年枢機卿が見たのは、パンを食べる聖なる鳥の姿だった。イルゼは知らずに、聖食を成功させていたというわけである。
「わかった。お前が契約していないのならば、予定通り僕が契約を交わそう」
ここで、イルゼは挙手をして質問した。具体的に、契約とはどのような行為をするのかと。
美少年枢機卿は邪魔するなとばかりにジロリと睨んだが、丁寧に説明してくれた。
「契約は命名を以て行われる。命に名を刻むというわけだ」
「……」
これはマズい。即座に思ったが、今更「実はすでに聖なる鳥と契約しています」なんて言える空気ではなかった。
美少年枢機卿は正しい手続きをもって、契約を持ちかけた。
だが、すでにイルゼと契約を交わしているハト・ポウは反応を示さない。
「やはり、聖食を終えていないと、契約には応じないのか。おいお前、そのパンを僕に寄越せ」
「はあ、どうぞ」
自分が食べかけたパンなど、他人に渡したくない。そう思ったものの、枢機卿の言葉は絶対である。イルゼは黒パンを恭しく差し出した。
美少年枢機卿はパンを取り上げるように掴むと、イルゼの頭上で寛ぐハト・ポウへと差し出す。
「ほら、鳥畜生、好物のパンだ」
『……』
ハト・ポウは差し出されたパンを無視しているようだ。
陶器のように美しい美少年枢機卿の肌に、青筋が浮かんでいた。
取り上げられたパンは、イルゼの手のひらに戻った。
ひとまず安堵したのもつかの間のこと。美少年枢機卿はすさまじい表情でイルゼを睨んでいた。
「もしかして、お前が与えたパンしか食べないのでは?」
「まさか!」
「今ここで、試してみろ」
皆の視線が一心に集まる中で、イルゼはパンをちぎった。それを、床へと放り投げる。
空気を読め、ハト・ポウ。心の中でイルゼは願っていた。
しかし――。
『ポーウ!!』
ハト・ポウは嬉しそうな鳴き声をあげ、イルゼの頭上から飛び立つ。
そして、床に落ちたパンを突いて食べ始めた。
イルゼは再び、いたたまれない空気の中で胸が苦しくなる。
美少年枢機卿の美しい顔は、怒りで染まっていった。イルゼは震える声で、問いかけられる。
「おいお前、名前は?」
逃れられるような状況ではない。しぶしぶとイルゼは名乗る。
「イルゼ。イルゼ・エルメルライヒ」
「エルメルライヒ? エルメルライヒ子爵の娘か?」
「ええ、まあ」
「妻子を連れて国外逃亡していたと聞いていたが?」
「私は、愛人の子だから」
「置いていかれた、というわけか」
「まあ、そんなもん」
美少年枢機卿はくるりと踵を返し、司祭らに命じる。
「修道女を呼んで、イルゼ・エルメルライヒの体を調べさせろ」
「はっ!」
嫌な予感は見事に的中。
とんでもない展開へとなってしまった。
◇◇◇
それから数名の修道女達に囲まれ、服を脱がされる。
ただ、想像と違う検査であった。
そのまま大浴場に連れていかれ、全員服を脱いだ状態で検査を始めたのだ。
なんでもひとりだけ服を脱がせるというのは屈辱的なものだから、付き合うようにと美少年枢機卿が命令を下したらしい。
それとなく、高圧的で自分勝手な暴君というイメージがあったものの、案外他人を思いやる心は持ち合わせていたようだ。
風呂場にやってきても、ハト・ポウはイルゼから離れなかった。頭の上に乗り、楽しげに『ポウ、ポウ』と鳴いている。
二十代半ばくらいの修道女が、恥ずかしそうに問いかけてくる。
「その、イルゼ・エルメルライヒよ。今から契約の証である、聖なる刻印の検査を行います」
イルゼは両手を挙げて、ご自由にと意思を示した。イルゼの体は修道女によって、隅々まで調べられる。
頭皮から舌、首筋、腿の間から足の裏まで、しっかり確認していった。
けれども、契約の証は体のどこにもなかった。
見つけられないのも無理はない。ハト・ポウとの契約の証は、イルゼの瞼の裏にあるのだから。