予備と呼ばれた男
名だたる家に最初に生まれた男は、継承者と呼ばれ、大事に育てられる。
二番目に生まれた男は、予備としてそこそこの教育を受ける。
継承者が一人前になって家を継ぐと、予備は家から追い出され、自分で身を立てないといけなくなるようだ。
同じ家に生まれたのに、不平等である。
能力的に、予備と呼ばれる者は継承者に劣っていなかった。
予備だというだけで軽んじられ、バカにされ、女も寄りつかない。
一方で、継承者に生まれた者はそれだけで周囲から羨望を浴び、人柄や能力がどうであれ敬われる。女も選り好みし放題であった。
ずるい! ずるい! ずるい!
男は生まれながらに何もかも手にしている兄が、憎たらしくなる。
ただ、兄を殺して自分が継承者になるつもりはなかった。
下克上をするならば、兄が手にするものよりも大きなものを掴まなければ意味がない。
男の兄に対する憎しみは、犠牲を問わない暴挙へと繋がった。
生まれ育った国を飛び出し、とある貴族の養子となった。
裏社会の繋がりを持って政治資金を調達し、正攻法とは言い難い手段を用いて上り詰める。同時に、自らが頂点に立つための計画も実行していた。
聖女として生まれた王女を誘拐し、人目のつかないところで殺すよう命じた。
これで、セレディンティア大国は数年経たないうちに基盤を失ってしまうだろう。
計画は順調だと思っていた矢先、想定外のことが起こった。
死んだと思っていた王女が生きていたのだ。助けを求めたエルメルライヒ子爵の訴えで明らかとなる。
王女を託した者が、何かあったときに頼るよう男の名を明かしていたらしい。その者は、既に処分している。責める相手はすでにこの世にいなかった。
仕方がないので、エルメルライヒ子爵を仲間に引き入れる。
もしも王女の暗殺に成功したならば、シルヴィーラ国の領土の半分を分け与えよう。
男達は皮算用しながら、野望を計画を話し合った。
◇◇◇
死人に口なしというが、それは魔法使いの世界では通用しない。
『――ダカラ、オレハ、悪クナインダ!!』
カタカタと声帯のない髑髏が自らの無罪を訴える。
魔法陣の中にズラリと並んだ髑髏は、野心を抱いて暗躍する男に殺された者達だった。
「なるほどね」
赤い聖衣を纏う美少年が、呆れたように呟く。
彼の名はフィン・ツー・アインホルン。聖教会の若きトップである枢機卿であった。
髑髏達はフィンの死霊術で生前の記憶を喋らされていたのだ。
死霊術はジルコニア大国の地下で行われており、彼の他にリアンとイルゼ、ジルコニア大公にデュランダル、カタリーナにレオンドルが同席していた。
髑髏達の証言により、炙り出された人物は一名。
アラン・ジュール。
ジルコニア大公の弟であり、セレディンティア大国の宰相である人物である。
彼はシルヴィーラ国とセレディンティア大国というふたつの国を混乱に陥れ、自らが国王になるために暗躍していたらしい。
「まさか、アランがそんなことを目論んでいたなんて……!」
ジルコニア大公はショックを受けているようだった。デュランダルはイルゼが作ったドーナツを食べながら、肩をポンポン叩いて励ます。
レオンドルはこの場にいる誰よりも憤っていた。
「ジュールめ! 絶対に赦さない! 陛下に報告して、とっちめてやる!」
「レオンドル殿下、お待ちになって」
血気盛んな様子のレオンドルを、妻であるカタリーナが諫める。
「長年、暗躍していたようなお方です。簡単に拘束はできないでしょう」
「む……それもそうだな」
可能であれば衆目の前で罪を糾弾し、捕まえる必要がある。しかしながら、ジュール宰相は用心深い。最近はこちらの動きを警戒しているのか、夜会や礼拝堂にも顔を出さないという。
「わたくしに、案がございます」
それは絶対にジュール宰相が顔を出すであろう、お祭り騒ぎであるという。
「聖女カタリーナ、提案を言ってみろ」
この場で誰よりも偉そうにしているフィンが、カタリーナの発言を許す。
「わたくしがされた偽聖女裁判の再現を、したらどうかなと」
イルゼを偽聖女と糾弾し、国外追放の刑を言い渡す。
聖女の暗殺を目論んでいるジュール宰相は、喜んで参加するだろう。
「面白い。イルゼ・フォン・エルメルライヒ、お前はどう思う?」
「やる。絶対に、捕まえてみせる」
「だったら、僕も協力しようか」
すぐに作戦が詰められる。
まずイルゼを偽物と疑う文書を匿名で偽装し、ジュール宰相に送るという。
「嬉々として、裁判の準備をするだろうな」
秘密裏の作戦が実行される。




