聖女カタリーナ
カタリーナを癒したイルゼは、セレディンティア大国の貴賓としてもてなされる。
王宮にも部屋と侍女、メイドが与えられ、褒美としてドレスや靴などが国王より贈られる。
ひとまず謝礼は受け取らず、王城での滞在だけありがたく受け入れた。
リアンは実家に連れ戻されてしまう。
戦争回避についてフィンと連絡を取ったところ、深く感謝された。シルヴィーラ国の情勢も落ち着きつつあるというので、しばらくゆっくりしておくようにと言われる。
ハト・ポウと一緒にぼんやり過ごす日々であった。
◇◇◇
カタリーナはすぐに起き上がれるほど回復したものの、レオンドルは横になっておくようにと厳命したようだ。
すぐに暇を持て余したのか、カタリーナは寝所へイルゼを呼び寄せる。
「ごめんなさいね、暇で」
「いいえ。私で役に立てるのならば」
シーンと静まり返る。イルゼはなんともいえない居心地の悪さを覚えていた。
カタリーナはイルゼを許してくれたが、罪の意識はなくなっても後ろめたさはどうしても残ってしまう。
「あの、ユーリアは、どうしていますか?」
カタリーナは不安げな表情で、問いかけてくる。聞くのは怖いけれど、勇気を出して質問したのだろう。
「ユーリア様は、聖女を騙った罪で塔に監禁されているの」
「そうでしたか。王太子殿下が処刑されたという風の噂を耳にしたので、その、ユーリアもと思っていたものですから。その、よかった」
カタリーナは涙を流し、妹の生存を喜んでいたようだった。
「これでも、わたくし達、かつては仲のよい姉妹だったんです。けれども、わたくしは聖女であり、王太子殿下の婚約者でもあったものですから、姉妹に格差が生まれてしまい……。それが面白くなかったのでしょう。いつしか言葉を交わさないようになってしまったのです」
その姉妹の仲の亀裂に、エルメルライヒ子爵が目を付けたのだろう。偽聖女計画は、驚くほど順調に進んでいった。
「父が、ごめんなさい」
「イルゼさんが謝ることではありません」
「それでも、私は父に加担していたから……」
カタリーナはイルゼの手を優しく握り、諭すように言った。
「わたくしもイルゼさんも、悪い大人の駒にすぎなかった。それだけです。けれども、やられてばかりでは、面白くないと思いませんか?」
カタリーナの言うとおりである。
誰かの思い通りになる生き方なんて、我慢ならない。
人生は大海を船で泳ぐようなものだ。時に波が襲い、時に嵐が訪れ、時に進行を妨害する魔物と出遭う。どんな時でも、舵は自分でしっかり握っていなければならない。他人に介入され、勝手にされるなど、絶対に許せるものではないだろう。
「ところで、レオンドル殿下にお会いしたとき、イルゼさんにそっくりで驚いたのです」
「え、ええ」
セレディンティア大国にやってきてからというもの、イルゼは頭巾を深く被って顔を隠していた。
カタリーナはイルゼの顔を知る、唯一の者であった。
レオンドルとカタリーナの出会いはジルコニア公国である。誘拐された双子の妹を探すレオンドルを偶然見かけたらしい。
「最初、イルゼさんかと思ったくらいで。誰も知らない人ばかりの国でしたから、親近感を覚えてしまったのです」
それから旅する仲で、親しくなっていき、今に至ると。
「イルゼさんはレオンドル殿下の妹君ですよね?」
カタリーナは確信を持って、イルゼに問いかけてくる。
「どうしてそう思うの?」
「レオンドル殿下がおっしゃっていたんです。双子の妹は聖女だったと。それを聞いたときはイルゼさんは違うなと思ったのですが」
奇跡を目の当たりにしたカタリーナは、イルゼがレオンドルの双子の妹であると気づいたようだ。
「お顔を、見せていただけますか?」
イルゼは観念し、頭巾を取った。カタリーナは「まあ、そっくり」とおっとり返す。
「安心なさって。レオンドル殿下にお話しするつもりはありませんので」
「どうして?」
「隠しているのには理由がおありなのでしょう?」
「え、ええ」
「ならば、黙っておきます。好奇心から、イルゼさんとレオンドル殿下が双子かどうか知りたいと思っただけですので」
人としての器が違う。イルゼはカタリーナを前にして、痛感した。
◇◇◇
それからというもの、レオンドル殿下と今後について話し合った。
ひとまず、カタリーナはシルヴィーラ国で療養したほうがいいだろう。セレディンティア大国にある精霊や妖精との相性があまりよくないのか、顔色が優れないままだった。
聖教会であれば、彼女を保護してくれるだろう。
療養中、シルヴィーラ国とセレディンティア大国の守護はイルゼひとりが担う。
セレディンティア大国の魔力との相性がいいので、難なくこなせるのだ。
レオンドルはカタリーナに同行し、シルヴィーラ国で過ごすという。
戦争をふっかけようとした国がどんな土地なのか、見てくると話していた。
果たして大丈夫なのか。
不安になるイルゼに、カタリーナが囁く。
「もしも再び戦争云々と申したら、離縁を叩きつけますので」
「そ、そう」
レオンドルはカタリーナを心の底から愛しているように思える。もしも別れると宣言されたら、自分の意志もあっさり曲げるだろう。
カタリーナはイルゼに手紙を残していた。ひとりで読んでくださいと、耳元で囁く。
竜車でシルヴィーラ国を目指すカタリーナとレオンドルを見送ったあと、イルゼはカタリーナの手紙を開封した。
一行目には、読んだあと燃える魔法がかかっていると書かれていた。
いったい何を伝えようというのか。ドキドキしながら文字を追う。
手紙には驚きの情報が書かれていた。
聖女を巡る事件の黒幕はエルメルライヒ子爵ではない。他にいる――と。
カタリーナはこっそり調査していたようだが、尻尾を掴めなかったらしい。
リアン以外の人間を、信用しないようにと書かれていた。




