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真なる聖女を国外追放し、 偽聖女を持ち上げた結果滅びかけている国の、 聖女代理に任命されてしまった……!  作者: 江本マシメサ
第五章 セレディンティア大国へ

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交渉

「まず、そこの聖女を名乗る女について、独自に調べさせてもらった」


 突然話を振られたイルゼは、思わず体を震わせる。

 そういえば、ジルコニア公国で夕日色の髪を持つ男性が目撃されていた。レオンドルがシルヴィーラ国の聖女について調査して回っていたのかもしれない。


「お前の名は、イルゼ・フォン・エルメルライヒで間違いないな?」


 すでに、情報は握っているのだろう。否定しても仕方がないので認める。


「イルゼ・フォン・エルメルライヒは偽聖女ユーリアの取り巻きのひとりで、妻カタリーナを侮辱していた」

「ええ、間違いないかと」


 レオンドルはテーブルを拳で叩く。あまりの勢いに、カップが割れてしまった。侍従が駆け寄って、テーブルの上を片付ける。


「妻はお前をそこまで悪い者ではないと話していたが、俺は赦さない!」


 返す言葉もない。イルゼが聖女カタリーナに暴言をはいていたのは事実だから。


「挙げ句、お前みたいな人間が聖女を名乗るなんて、図々しいにもほどがある! シルヴィーラ国の守護の力はお前の力なんかではなく、妻から奪ったものではないのか!?」

「レオンドル殿下! 言い過ぎです」

「黙れ!! リアン・アイスコレッタ、人外であるお前に、人の心の機微なんぞわからないだろう!!」

「わかります!! リアンにだって、心はあるんです!!」


 言い返したあと、イルゼはハッとなる。

 冷静になって交渉しなければならないのに、感情的になってしまった。

 レオンドルも言いかえされるとは思っていなかったのだろう。ポカンとした表情で、イルゼを見つめていた。


「イルゼ、話になりません。交渉決裂です。今日のところは帰りましょう」

「ま、待て! 何もしないで帰るつもりなのか?」

「何も、というのは?」

「つ、妻の具合がかんばしくない。数日のうちに、峠を迎えるだろうとも言われている」

「そうしたのは、あなた方でしょう?」

「どうしてそうなる?」

「余所の土地の聖女が力を使うと、明らかに衰弱する。それを知っていて、奇跡の力を使うように言ったのは誰です?」

「そ、それは……!」


 リアンは聖女カタリーナを治癒する条件を提示する。


「シルヴィーラ国との戦争を、諦めていただけますか? そうすれば、すぐにでも聖女カタリーナの容態を確認し、聖女様が治癒しますので」

「本当に、その女は聖女なのか?」

「ええ、本物です」


 レオンドルはがっくりとうな垂れ、消え入りそうな声で「わかった。戦争はしない」と口にした。リアンは用意していた契約書にサインを求める。

 きっちり署名が印されたのを確認すると、聖女カタリーナのもとへ案内するよう求めた。


 ◇◇◇


 王都の郊外にある離宮に、聖女カタリーナはいるようだ。竜車で移動し、辿り着く。

 白亜の美しい宮殿は、レオンドルが結婚したさい国王より贈られたものらしい。

 レオンドルは足早に、聖女カタリーナの寝所へ案内する。

 離宮の中は慌ただしかった。レオンドルは血相を変えて走る侍女を捕まえ、事情を聞く。


「おい、どうした?」

「あ――殿下。妃殿下の容態が急変しまして、今、魔法医が治療しております」

「なんだと!?」


 走り出すレオンドルのあとを、イルゼとリアンも続く。

 寝室にはたくさんの侍女やメイドが行き来していた。魔法医の指示を飛ばす声も聞こえた。


「魔石を使って魔力を維持させろ! 離宮中の窓を全部開いて、外から魔力を取り込むんだ!!」


 レオンドルが寝台に横たわる聖女カタリーナのもとへと駆け寄る。


「カタリーナ!」

「殿下、意識はもうありません」

「わかっている!!」


 遅れて、イルゼも寝室に到着した。

 美しかった聖女カタリーナは、面影を残していなかった。顔色は青く、酷く痩せこけて目は落ちくぼんでいた。ただでさえ細かった指は、枯れた枝のようである。絹の寝間着に包まれた体も、骨と皮のみあるような状態なのだろう。短い期間で、人はこうも衰弱できるのか。恐ろしくなる。


「イルゼ!」


 リアンに名を呼ばれ、ハッとなる。

 すぐに、治療が必要だろう。リアンが人払いをしてくれる。必死の形相で聖女カタリーナの手を握っていたレオンドルも引き剥がした。


 イルゼは聖女カタリーナの前で一言謝罪する。


「ごめんなさい」


 そして奇跡の力を使い、聖女カタリーナの活力を復活させる。

 寝室は光に包まれた。そして、聖女カタリーナは元通りになる。

 光が収まると、レオンドルはすぐに聖女カタリーナのもとへと駆け寄った。


「カタリーナ! ああ――!」


 健康的な体を取り戻した聖女カタリーナを見て、レオンドルは安堵の息をつく。そして、目を覚ますと、涙を流して喜んだ。


「わたくしは、いったい?」

「シルヴィーラ国の聖女がやってきて、治してくれたんだ」

「シルヴィーラ国の、聖女様?」

「ああ」


 涙で顔がぐちゃぐちゃになったレオンドルが、イルゼを振り返る。

 聖女カタリーナは目を細め、「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えてきた。


「カタリーナ、彼女はイルゼ・フォン・エルメルライヒだ」

「まあ、そうだったのですね」

「お前がいなくなってから、聖女の力に目覚めたらしい」

「そう、よかったです。心配していたんです。わたくしがいなくなったあとの、祖国を……」


 聖女カタリーナは涙を浮かべながら、イルゼに手を伸ばす。

 彼女に触れていいものか。迷っていたらリアンが背中を押してくれた。


 イルゼは聖女カタリーナの手を握り、謝罪する。


「本当に、ごめんなさい」

「どうして、謝るのです?」

「私は、あなたに酷い言葉をぶつけたから」

「心あらずの言葉だと、わかっておりました。誰かが用意したものだったのでしょう?」

「そうであっても、私が暴言をはいたことに変わりはないから」

「やはり、あなたは真面目なお方だったのですね」


 聖女カタリーナはイルゼを責めなかった。それどころか、大変だっただろうと励ましてくれた。


「大丈夫です。イルゼさんは悪くありません。それでも悪いと己を責めるのならば、今、わたくしが許しましょう。今後二度と、気にすることはないように」


 彼女の言葉で、イルゼの中にこびりついていた罪の意識は浄化された。

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