第二王子レオンドル
国王はあっさりと、レオンドルとの面会を許可した。
国王自身、シルヴィーラ国との戦争について乗り気ではないのかもしれない。
それもそうだろう。セレディンティア大国は魔物の集団暴走や天変地異が収まったばかり。戦争よりも、国内の情勢を整えることを優先すべきなのだ。
ただ、聖女をないがしろにしたシルヴィーラ国へ思うところもある。だから、大々的には反対しなかったのかもしれない。
豪奢な応接間に通され、しばし待つように言われた。
王族は多忙だ。会いたいと言っていきなり面会できるような相手ではないのだ。
リアンと向かい合って座り、しばし休憩の時間とする。
でてきた紅茶や菓子は、イルゼが口にした覚えもないような最高級品であった。
これが実家の味なのかと、しみじみ思ってしまう。
本来ならば、王女としてここで暮らしていたのだ。複雑な気分がこみあげる。
そもそも、いったい誰が生まれたばかりのイルゼを攫ったのか。
唯一手がかりを知るのは、現在行方不明であるエルメルライヒ子爵だけ。
できるならば、二度と会いたくない。けれども、犯人をこのまま野放しにしておくのもどうかと思う。
イルゼはいつの間にか寄っていた眉間の皺を、指先でぐいぐい解した。
「あの、イルゼ」
「何?」
「父や国王陛下に会ったのに、ずいぶん落ち着いていますね」
「私の人生いろいろありすぎて、感情が追いついていないんだと思う」
子爵令嬢からメイドになり、偽聖女の取り巻きとなったあとは、修道女へ。それから
代理聖女となり、真なる聖女となる。
誰も経験したことのない、波乱ばかりの人生だろう。
「イルゼには、いつも笑顔でいてほしいです」
「それは、難しいと思う」
「頑張って、笑わせますので」
リアンは拳を握り、キリッとした表情で決意を語る。
「あなたは、いつも私のことばかり」
「イルゼと出会う前は、からっぽだったんです。今は、イルゼで満たされています。とっても幸せなんです」
「極端な人」
ばっさりと切り捨てるように言ったものの、なんだかおかしくなってしまう。イルゼは笑ってしまった。
フィンがリアンのことを相当面白い男だと評していたのを思い出した。たしかに、リアンは面白い。滅多に笑わないイルゼが、お腹を抱えて笑うくらいである。
リアンはスッと目を細め、イルゼを見つめる。リアンの美貌に慣れていないイルゼは、顔を逸らした。
「イルゼ、どうかしましたか?」
「どうかしているのはあなたのほう。顔が真っ青だから、仮眠でも取ったら?」
先ほどの戦闘で、リアンは大量に出血した。一応魔法で血の再生をしたものの、体に馴染んでいないのかもしれない。
「私は大丈夫です。普段から睡眠は、あんまり取らないんです」
「どれくらい眠っているの?」
「長くて三時間くらいでしょうか」
高位精霊には眠るという概念がないらしい。母親の血を引き継いだリアンは、そこまで長く眠る必要がないのだという。
「でも、横になっていたら楽になるから。どうぞ」
イルゼは膝を貸すため、ぽんぽんと叩いた。それには、リアンは反応する。
「お膝を、借りてもいいのですか?」
「ええ」
リアンは目にも留まらぬ速さで移動し、イルゼの隣に腰かける。そして、一言断ってからイルゼの膝にマントをかけたあと、ゆっくり横たわって頭を預けた。
「あの、鎧は当たっていないですか?」
「大丈夫。ぜんぜん当たっていない」
「よかった」
イルゼはごくごく自然に、リアンの頭を撫でる。
幼いころ、誰かにこうしてもらった記憶が甦り、リアンにもしてあげたくなったのだ。
リアンは何も言わず、大人しくしていた。
しばらく経つと、スースーという寝息が聞こえる。
寝顔が気になったものの、覗き込んだら起きてしまいそうだ。
イルゼはしばし、リアンに膝を貸してあげた。
それから二時間ほど、リアンは爆睡していた。
「信じられません。こんなにも深く眠っていたなんて」
「スッキリした?」
「ええ。ありがとうございます」
耳付近の髪の毛が、ぴょこんと跳ねていた。寝癖だろう。イルゼは笑うのを我慢しつつ、手櫛でどうにかしようと挑んでみた。
「私の髪、何かおかしいのでしょうか?」
「寝癖ができているの」
「イルゼのお膝を借りた記念ですね!」
これから第二王子であるレオンドルに会うというのに、寝癖を付けていていいものなのか。本人が気にしていないので、よしとした。
結局、五時間も待った。
夕暮れ時に、レオンドルはやってくる。
「リアン・アイスコレッタ、待たせたな」
扉が開くのと同時に、不機嫌極まりない声が聞こえる。
やってきたレオンドルを見た瞬間、イルゼの心臓は大きく跳ね上がった。
男女の双子なので、二卵性だろう。それなのに、驚くほどイルゼにそっくりだったから。
夕日色の髪は、イルゼのものよりも濃い。すらりと背が高く、歩くだけで気品を感じるような青年であった。
長椅子に腰かけると、挨拶もそこそこに本題へと移る。
「陛下から話は聞いた。戦争を止めるためにやってきたようだが、無駄足となるだろう。我が妃カタリーナを追放したシルヴィーラ国なんぞ、すぐにでも滅びるべきなのだ」
レオンドルの表情は極めて険しい。交渉は難航しそうだった。




