国王との謁見
「聖女は各国にひとり生まれる。基本的に国々の土地にある魔力と精霊と妖精の祝福を得て、奇跡の力を使うようになっている」
聖女カタリーナが最大限の実力を発揮できるのは、祖国であるシルヴィーラ国の内部のみだというのだ。
「無理してセレディンティア大国で聖女をしていたものだから、倒れてしまったんだよ」
それは、前世で聖女だったイルゼも知らないことであった。無理もないだろう。人工的に聖女が生まれるようになったのは、初代聖女が死んだあとだから。
精霊や妖精の祝福と聞いて、イルゼはふと気づく。
体が軽く、とても気分がいいことに。
空気が薄いクリスタル坑道から地上にでてきたので、呼吸がしやすくなったのだと思っていた。だがそれは勘違いで、イルゼはセレディンティア大国の精霊や妖精からの祝福を得て活動しやすくなったのだろう。
「さて、立ち話はこれくらいにして、先を急ごうか」
イルゼとリアンは聖竜が引く竜車へ乗り込む。思っていた以上にあっさりと、聖女カタリーナと再会できそうだった。
竜車が閉められたあと、リアンは耳打ちする。
「ここの会話は盗聴しているでしょう。父を、信用しないでください」
イルゼはコクリと頷いた。
竜車が動き始める。イルゼはハト・ポウを胸に抱いた状態で、緊張の面持ちで王都に辿り着くのを待った。
まず、イルゼはハト・ポウに思念を飛ばす。
(ハト・ポウ、会話を外に漏らさないような結界を張れる?)
(お任せください!)
ハト・ポウが防音の結界を張る。すると、リアンは「はあ」と盛大なため息をついた。
「ありがとうございます、ハト・ポウ様。私も、詠唱なしに防音魔法が使えたらよかったのですが」
『いえいえ』
ハト・ポウは謙虚に翼を振っている。繋がりがないリアンには『ポウポウ』としか聞こえていないはずだが、なんとなくふたりは通じ合っているような気がした。
「イルゼ、これからどうしますか?」
「どう、というのは?」
「王女であることを、国王陛下に明かすかどうか、という問題です」
「それは――とても難しい」
「ですよね」
すぐに正体を明かして、感動の再会という流れにするつもりはない。イルゼが王女だという事実は戦争を阻止するさい、交渉の武器になる可能性がある。
「わかりました。では、正体については隠すということで。可能な限り協力します」
「ええ、お願い」
会話が終わると、ハト・ポウによって防音魔法は解かれた。
三時間後――王都へと辿り着く。聖竜は郊外で竜車を下ろさず、王宮の塔まで飛んでいった。
塔の最上階に着地し、聖竜と竜車が離されたあとアイスコレッタ公爵の手によって扉が開かれた。
「聖女様、どうぞ私の手をお取りください」
「父上!!」
「おお、怖い、怖い」
リアンが威嚇するように睨むので、差し出された手は即座に引っ込められた。
すぐに国王へ紹介してくれるようだ。
本当の父親との再会である。イルゼは酷く緊張していた。
「イルゼ、大丈夫ですよ」
リアンがイルゼの手を握る。すると、ざわついていた心がいくぶんか落ち着いた。
驚くほどあっさり、国王と謁見できるようだ。
リアンとの夫婦設定は、活用しなくていいらしい。
散々悩んだのにと思いつつも、どこか安堵していた。
「イルゼ、どうかしましたか?」
「緊張しているだけ」
「大丈夫です。陛下は穏やかなお方ですから」
「そう」
どこまでも続く大理石の廊下を進む。
顔をさらした状態のリアンは、実に堂々としていた。イルゼも背筋をピンと伸ばし、毅然と見えるように歩いた。
ようやく、国王がいる玉座の間に辿り着く。赤い絨毯が敷かれ、護衛の騎士がずらりと並ぶ中を進んでいった。
玉座に腰かける国王は、イルゼに似た夕日色の髪を持つ中年男性だった。立派な髭を生やし、筋骨隆々で、国王というよりは騎士隊の隊長といったほうが似合う風貌をしていた。
父親を前にしたイルゼであったが、特別な思いがこみ上げてくることはない。
親子だった記憶はないので、無理もないが。
アイスコレッタ公爵がイルゼとリアンを紹介する。
「陛下、シルヴィーラ国の聖女イルゼ様と、愚息リアンを連れてまいりました」
「ご苦労だった。下がれ」
「はっ!」
面を上げるようにと言われたが、イルゼは顔を見られたくないので俯いたまま。国王と話すのはリアンに任せる。
「シルヴィーラ国の聖女イルゼよ、よくぞここまで来てくれた。アイスコレッタから聞いていただろうが、シルヴィーラ国の聖女であったカタリーナが今、伏せっている。一度看てくれるとありがたい」
イルゼの代わりに、リアンが答える。
「ひとつ、条件がございます」
「なんだ、リアン?」
「シルヴィーラ国とセレディンティア大国の間に、戦争が起こるのではという噂がございました。もしも開戦するおつもりならば、協力はできません。と、聖女イルゼ様はおっしゃっております」
国王は眉間に皺を寄せ、腕を組む。
シルヴィーラ国とセレディンティア大国の戦争を阻止するのが、ここへきた最大の目的であった。まさか、国王に直談判できるとは想定外である。
反応を見るからに、戦争を仕掛けようという噂話は本当だったのだろう。
「レオンドルが、聖女カタリーナを追放したシルヴィーラ国の者達を赦さないと言っていてな。血気盛んな性格の者だから、一度言い出したら聞かん」
「しかしながら、レオンドル殿下の妻である聖女カタリーナ様の命と戦争、天秤にかけたらどちらに傾くのか明らかでしょう」
「むう。それはそうだな」
リアンは訴える。レオンドル殿下と直接交渉させてほしい、と。




