リアンの覚醒
なんとかリアンの傷は全部塞がった。傷あとすら残っていない。
肉体から抜けかけていた魂も、引っ張って戻しておく。
ふと、イルゼは気づく。
リアンの魂に、前世で聖女と結んだ契約が残っていることに。
酷い契約だった。
争いを好まない精霊を好戦的にした上に、主人である聖女に絶対服従させるような内容だった。
リアンはきっとこの契約に引きずられる形で戦闘を好み、またイルゼに好意を抱いていたのだろう。
すぐさま、イルゼは契約を破棄させた。これで、リアンを縛るものはなくなる。
目覚めたあと、もしかしたらリアンはイルゼに冷たく接するかもしれない。
そのときは、そのときだ。また一から関係を築けばいいだけの話である。
ついでに、魔力調整もしておいた。鎧がないと息苦しいと話していたので、人間界の魔力に適応できるようにしておく。
これで、常に兜や鎧を纏わなくてもよくなるだろう。
本人は鎧を脱ぐと全裸でいるようだと話していたので、このままの恰好で居続ける可能性もあるが。
じっと、リアンが目覚めるのを待つ。けれども、瞼は開かれない。
ハト・ポウは魔物を翻弄し続けていた。けれども、体力が尽きたらそれまでだろう。
「リアン、リアン、起きて!」
「……」
ロマンチックな恋物語では、キスをしたら目覚める。
けれども、眠っているのは麗しの姫君ではない。自身の血で鎧を濡らした騎士だ。
「リアン、リアン!」
最初は優しく揺さぶっていたものの、起きないので拳で鎧を叩く。それでも起きないので、今度はリアンの剣の柄で叩いてみた。カンカンカンと、けたたましい音を鳴らす。
しかしながら、リアンは起きなかった。
もしかしたら、心が覚醒するのを拒絶しているのかもしれない。
「リアン、起きて、お願い――!」
一言ごめんなさいと謝ってから、イルゼはリアンの頬をバチン! と叩いた。
すると、リアンの目がカッと開く。
「リアン!!」
「え、あ、イルゼ!?」
「よかった……! 本当に、よかった」
リアンは状況が理解できず、きょとんとしていた。
「立って。まだ、戦闘は終わっていないの」
「あ――!」
魔物を見た瞬間、リアンは我に返る。胸に手を当てて、ハッとなった。
「私は、鋭い水晶に胸を貫かれて、一度死んだのですか?」
「ええ」
「聖鳥様が治療をしてくださったのですね」
「いいえ、あなたを治したのは私」
「イルゼが!?」
「詳しい話はあと。まずは、あの魔物をどうにかしないと」
「ですね」
「どうする? 逃げるか、戦うか」
魔物が塞いでいた道は開かれていた。ハト・ポウが気を引いている間に、通行できるだろう。
「帰りもここを通るので、倒していたほうがいいかと」
「リアン、戦える?」
「もちろん。不思議と、息苦しくなく、体が軽い――」
今になって、兜を被っていないことに気づいたようだ。
カーッと、わかりやすいくらい頬を赤らめる。
「あの、私の兜は?」
「水晶の攻撃に弾かれて、吹き飛んだみたい」
イルゼが指差した方向に、兜は転がっていた。ひしゃげているので、もう装着できないだろう。
「気になることは山のようにあるのですが、話はあとですね」
「ええ」
リアンは立ち上がり、剣を握る。そして、魔物に向かって駆けていった。
イルゼは魔法で防壁を展開させ、魔物の攻撃がリアンに届かないようにする。
そして、彼が振るう剣を強化させた。
先ほどまで傷つけられなかったのに、魔物は食材のようにあっさり切り刻まれていく。一分もかからずに、倒すことができた。
「ハト・ポウ、おいで」
手を伸ばすと、へとへとになったハト・ポウが胸に飛び込んできた。疲れを癒やす魔法を掛けると、気持ちよさそうに目を細める。
「ハト・ポウ、ありがとう」
『も、もったいないお言葉です』
ハト・ポウの頭を撫で、肩に乗せておく。
続いて、リアンを見る。
背中を向け、魔物の亡骸を前に呆然としているようだった。
「リアン、どうかしたの?」
「あ、いえ、体がまったく別物のように思えて」
「辛い?」
「いいえ、逆です。楽なんです。体が驚くほど軽くて」
「そう、よかった」
「まさか、イルゼが魔法で魔力変換をしてくれたのですか?」
こくりと頷くと、リアンはイルゼの手を握って頭を下げる。
「ありがとうございます! イルゼは、命の恩人です」
いつもは不安げだった柘榴の瞳が、キラキラと輝いている。
あのときのイルゼの判断は、間違いではなかったようだ。
「それにしても驚きました。突然、魔法が使えるようになったなんて」
「どうやら、封印されていたようなの」
「誰がそのようなことを?」
「私自身が」
「イルゼが!?」
イルゼは自らについて、またリアンの前世についても包み隠さず語った。
「ちょっと待ってください。イルゼの前世が初代聖女で、私の前世が精霊だったと?」
「ええ」
リアンは美しい顔を顰めさせ、理解し難いという表情でいる。
「私に対するリアンの執着も、前世の契約が原因だったの。ごめんなさい。さっき、取り除いておいたから」
「え!?」
「もう、私に興味なんてないでしょう?」
「いいえ、大好きですが?」




