聖女として
『イルゼ様! イルゼ様! 起きてください、イルゼ様ー!』
「ハト・ポウ、うるさい」
頭がズキズキと痛む。いつもの、大雨のときに感じる目の奥が痛くなるような頭痛ではない。
これは、聖女の記憶と力が甦ったことによるものなのだろう。
『イルゼ様、騎士様が動きません! 早く、傷を回復させなければ! 僕はイルゼ様の命令がないと、魔法を使えないのですよ』
「わかっている」
『へ?』
「わかっているから」
『イルゼ様、僕の言葉が、わかるのですか!?』
「全部、思いだしたの」
『ああ……!』
ハト・ポウは聖鳥ではなく、守護鳥だ。聖女に仕え、聖女を守る力を持つ奇跡の鳥なのだ。
通常、聖女に召喚され傍に侍る。
しかしながら、イルゼは生まれてすぐに誘拐されてしまったので、喚ばれることはなかったのだ。
イルゼは立ち上がる。再び、頭がずきんと痛んだ。突然聖女の力を取り戻したので、体が驚いている状態である。馴染むまでに時間がかかりそうだ。
ついでに背中もヒリヒリしていた。聖なる刻印が瞼の裏から、本来あった背中に移動したからだろう。
「リアンを、助けなければ……!」
イルゼが一歩、一歩とリアンに接近すると、魔物が咆哮をあげる。
坑道内は大きく揺れて、再び上から鋭く尖った水晶が雨のように降ってきた。
「ハト・ポウ、防壁を」
『はい!』
ハト・ポウは魔法で防壁を作り、降り注ぐ水晶を弾き飛ばした。常時展開させ、魔物の攻撃が届かないようにする。
倒れるリアンのもとへ辿り着く。
すると、これまで微動だにしなかった魔物が動き始める。
「ハト・ポウ、ここに近づけさせないで」
『承知いたしました』
ハト・ポウは翼をはためかせ、巨大な魔物と対峙する。
魔物は体から生える水晶を突き出し、ハト・ポウを串刺しにしようとした。けれどもハト・ポウはひらりと回避する。
守護鳥であるハト・ポウは、聖女の命令があれば戦うことも可能だ。ただ、命令がなければただの鳥なのだ。
魔物の相手はハト・ポウに任せ、イルゼはリアンの蘇生に集中する。
「リアン……」
胸が引き裂かれるような思いとなる。
槍のように細長い水晶が、リアンの体を貫通していた。息絶え、ピクリとも動かない。
痛かっただろう。辛かっただろう。
兜は吹き飛ばされていた。イルゼは初めてリアンの顔を見る。
すさまじく性能のいい兜だったのだろう。顔には傷ひとつついていない。
菫色の髪に白い肌を持ち、彫刻のように整った目鼻立ちをしている。
長い睫が縁取る瞼は、閉ざされていた。このままでは、永久に開かれないだろう。
だから、聖女の力を用いて蘇生させる必要がある。
彼が普通の人ならば、生き返らせることなど不可能だっただろう。
正確に言うならば、蘇生とは少し違うのかもしれない。再生と言えばいいのか。
まず、胸に刺さった水晶を抜く必要があった。
水晶はリアンの体を貫通していて、地面に深く突き刺さっている。非力なイルゼが引っ張っても、簡単には抜けない。
最終的には片足でリアンを踏んで押さえ、水晶を引っ張る。けれども、びくともしない。
「はあ、はあ、はあ、はあ……!」
ハト・ポウをちらりと見る。魔物の相手で精一杯のようだ。リアンの水晶を引く余裕などあるようには見えない。
どうしようかと考えている中でふと気づく。水晶は魔力の結晶体である。固体から変換させて、体に取り込めばいいのだ。
水晶を握り、魔力変換の魔法を展開させる。すると、リアンの体に刺さっていた水晶は消えて、イルゼの体内へと取り込まれた。
傷口から血が流れないよう、魔法で止血を施す。
ホッとしたのもつかの間のこと。今度は蘇生をする必要がある。
リアンへかざした手は、途中で止まった。
果たして彼を勝手に生き返らせていいものなのか、思いとどまる。
リアンは人間界に馴染めず、思い悩んでいたように感じていた。
人とも、精霊ともいえない立場にある彼は、イルゼには想像もできないほどの苦しみがあったのだろう。
今、こうして生き返らせようとしているのは、本人の意思を無視していることにならないのか。
酷く不安になる。
リアンの頬に触れると、冷たくなっていた。
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れる。
これまで感じたことのないような悲しみに襲われた。
後悔も押し寄せる。恐れられていると不安がるリアンに、大丈夫だという言葉をかけてやれなかった。
彼に対して、素直になれないところもあった。理解を深めたら、離れがたくなると思っていたから。
まだ、リアンと一緒にいたかった。話していないことだってあるし、聞いてもらいたいこともあったように思える。
けれども、死んだら二度と叶わないのだ。
ふと気づく。
リアンは生を完全に手放してはいない。人としての死を迎えても、精霊の力を使って命を繋いでいる状態だった。
ならば、生き返らせてもいいのではないか。
イルゼはそう思い、リアンの傷を治していった。




