不可解な状況
美少年枢機卿は式典聖装を脱ぎ、動きやすそうな赤い外套を纏った姿でいた。
先ほどまできっちり帽子に収められていた黄金の髪は、結ばずに流してある。鎖骨辺りまでの長さがあるようだ。
髪を纏めていないのにきちんとしているように見えるのは、彼が高貴な空気を発しているからだろう。
そんな彼がイルゼとハト・ポウを前に、驚きの表情でいる。
震える指先で差し、口をパクパクさせていた。
「あ、あの、何か?」
問いかけた瞬間、イルゼはハッとなる。
左手に黒パンを持ち、右手に白い鳥を乗せている状態でする質問ではないだろう。
奉仕の時間に、鳥を片手にパンを食べていた。それが、聖教会の頂点にいる枢機卿にバレてしまったのだ。
確実に、罰が与えられるだろう。
三回食事抜きと、叩き棒での聖罰が三十回くらいだったらいいが……。なんてことを考えている間に、ハト・ポウが床に下りてパン屑を食べ始めた。
「た、食べた!?」
「猊下、いかがなさいましたか!?」
「猊下!?」
狭い部屋に、次々とお付きの司祭や司教などがやってくる。
パンを手に戦々恐々とするイルゼと、パンを食べるハト・ポウを前に、皆驚愕の表情を浮かべていた。
見せものではない。喉元まで出かかっていた言葉を、ごくりと呑み込む。
この驚きようは異常である。
教えてもらったルールにはない、禁忌を犯したのかもしれない。
皆、目を見開いてイルゼと鳥を見比べるばかりで、何も言葉を発しなかった。
いたたまれなさを我慢できなくなったイルゼは、静かに問いかける。
「何か?」
その言葉で、美少年枢機卿がハッとなる。
「お前、そこを動くなよ?」
「はあ」
「僕の命令を、正しく遂行するように」
いったい何を命じられるのか。イルゼはこれから銃で仕留められる鴨の気分で、美少年枢機卿の言葉を待つ。
「まず、その鳥を捕まえるんだ」
ここで、状況をそれとなく理解する。
皆、鳥を発見し、大げさに驚いていたのだ。おそらくハト・ポウは、儀式か何かに使う重要な鳥だったのかもしれない。
もしくは、国王陛下にお出しする夕食用の鳥だったか。
イルゼはハト・ポウを気の毒に思ってしまう。同じ窯のパンを食べた仲である。これから殺されてしまうことを思うと、気の毒になった。
しかしながら、イルゼは長いものに巻かれるタイプである。聖教会の最高顧問である美少年枢機卿の命令は絶対であった。
すぐさま、ハト・ポウを両手で捕獲した。
ハト・ポウは抵抗せずに、『ポーウ』と脱力するような鳴き声を上げている。
「それから?」
「それから――!」
美少年枢機卿は勢いよく背後を振り返る。すると、鳥カゴを持った助祭が前に出てきた。
「鳥を、このカゴに入れろ」
「はあ」
イルゼは立ち上がり、助祭の持つ鳥かごにハト・ポウを入れようとした。だが、その寸前でジタバタと暴れ始める。
『ポーウ! ポーーーウウウ!!』
「いや、ちょっ!」
あまりにも暴れるので、イルゼは手を放してしまった。ハト・ポウは飛び上がる。
「わーーーーー!!」
中年男性の、甲高い叫びが響き渡った。
ハト・ポウは開かれた窓から逃げていくと思いきや、天井で何回か旋回して、イルゼの頭の上にぽんと着地する。
美少年枢機卿は最大限まで目を見開いて「は!?」と声をあげた。
「お前……まさかその鳥と、契約を交わしたのではないな?」
「契約?」
それとなく〝契約〟に心当たりはあったものの、嫌な予感がして聞き返す。
「その鳥畜生が懐いているなんて、絶対におかしい。契約を交わしたはずだ」
「ただの鳥と契約する人なんているの?」
「そいつはただの鳥ではない。聖鳥だ!」
そうだと言わんばかりに、ハト・ポウは『ポウ!』と鳴いた。