愚かなる歴史
光の粒が、ぱちん、ぱちんと弾ける。
イルゼの中に、ある〝情報〟が流れ込んできた。
それは、幸せそうに暮らす女性と青年、それから美しい白い鳥。
青年は精霊であり、騎士であった。
女性と恋仲で、戦争が終わったあと森の奥で幸せに暮らしていた。
けれども、その暮らしは長く続かなかった。
女性が持つ奇跡の力を求めて、王都から使者が押しかけてくる。
当然、要望には応えられない。
断ったものの、使者は引かなかった。
一度帰ったものの、一か月後に再び使者は現れる。
庭で洗濯物を干している隙に、女性を攫った。
女性は力の限り抵抗する。使者はなんとしてでも女性を連れて帰らなければならないので、殴って大人しくさせた。
それがよくなかったのだろう。
打ち所が悪く、女性は死んでしまった。
女性は聖女で、国王の命令で国に連れ帰るよう言われていたのだ。
王妃が危篤で、誰にも癒やすことができず、聖女の力を借りたかったのだ。
ただ、聖女の血は万能薬であった。即座に遺体を王都まで運び、王妃に血を飲ませる。
すると、病は完治した。それだけではなく、大きな魔力をも得たのだ。
聖女の血肉を口にすると、奇跡の力を得ることができる。
それを聞きつけた国王は、血肉を独り占めした。
大いなる力を得た国王の前に、聖女の精霊であり、騎士である青年が現れる。
聖女を失い、取り乱していた。近づく者すべてを屠り、破壊の限りを尽くす。
誰の手にも負えないような状態であったが、聖女の血肉を得た国王の敵ではなかった。
精霊であり騎士である青年の心臓を貫き、あっさりと倒してしまった。
これで平和になると誰もが確信していたが――精霊であり騎士である青年は無償では死ななかった。自身の死と引き換えに、魔王を召喚する。国は瞬く間に、魔王軍に蹂躙されていった。
国王はなんとか魔王を倒したものの、聖女の血肉から得た大いなる力のほとんどを使い尽くしてしまった。
各地では魔物の集団暴走が起こり、農作物は育たず、各地で饑餓も進んでいる。問題は山積みであった。
国民の王族に対する不満も募っている。
風の噂で、国王が聖女を殺したという噂が広まっていたのだ。
せっかく魔王を倒したのに、今度は内乱が起きてしまいそうだった。
人々には聖女が必要である。
国王は国一番の賢者を呼び出し、魔法で聖女を生み出す仕組みを作るように命じた。
魔法の媒体になったのは、先日王妃が生んだ双子の片割れ。
聖女の魔力を引き継いだ子どもの命を捧げ、聖女を生み出す魔法を展開させた。
以降、各国で聖女が誕生するようになる。
世界が暗黒に支配されしとき、奇跡の力で闇を祓い、人々に救済を与えた。
二代目、三代目と続く聖女は、魔法の力によって生まれた人工的な奇跡の力を持つ存在だ。
聖女を生み出すには、大量の魔力を消費する。そのため、世界樹はたびたび枯渇状態となっていった。魔力の濃度が薄くなると、魔物は飢餓状態になる。そのため、集団暴走を起こすのだ。
聖女という存在が、世界を混沌へと突き落とす。
この事実を知る者はほとんどいない。
ひとりの賢者が造った聖女を生み出す世界の仕組みは、この世とこの世に生きる人々を脅かす呪いなのだろう。
――愚かな人々だけが生き延びて、守るべき存在が無残に殺されるなど、絶対に赦さない!!
聖女は精霊であり騎士である青年が命と引き換えにしたもうひとつの魔法で、生まれ変わった。
セレディンティア大国の王女として。
かつて聖女の血肉を喰らった国王が統べる王家は、聖女が生まれやすかった。
そこに、本物の聖女が生まれ変わった。
今度こそ幸せに――。
魔法に込められた願いは、叶えられなかった。
セレディンティア大国の安寧を望まない者の手によって、生まれたばかりの聖女は誘拐される。
大金を握らせて聖女を誘拐した男は、国王軍に追われていた。
大雨に打たれながら逃げる晩で、男は怪我を負う。
聖女の血は万能薬である。
治療しようとナイフを取り出した。その瞬間、聖なる刻印が輝く。
聖女は自らの中にある奇跡の力を、封じてしまった。背中にあった刻印も、他人から見えないように左の瞼の裏に移る。
結局、男は気味が悪くなり聖女を傷つけることは止めた。
なんとかシルヴィーラ国とセレディンティア大国の国境付近まで逃げ込んだものの、見つかるのも時間の問題だろう。
ボロボロになった状態で、男は猟に来ていた者に発見される。
これ以上逃げることは無理だと判断し、男は交渉を持ちかけた。
この赤子を育てる代わりに、大金を受け取ってくれと。
即座に応じたその男こそ、エルメルライヒ子爵である。
赤子はイルゼと名付けられ、しばらくの間大事に育てられた。
彼女は聖女と知らないまま、十八年間生きてきた。
〝精霊であり騎士である青年〟の生まれ変わりであるリアンの命が散った瞬間、彼女はすべてを思いだしたのだった。




