リアンの気持ち
クリスタル坑道に生息する魔物は、クリスタルを主食としているようだ。クリスタルは高密度の魔力の結晶体である。それを食べる魔物達は、地上の魔物よりも強力だった。
リアンに襲いかかってくるのは、彼が精霊並みの魔力を持っているからだろう。
地上の魔物が魔力を持つ人間を襲うのと同じで、強い魔力を持つ者を取り込んだら強くなる。そのため、喰らおうと襲撃を仕掛けてくるのだ。
イルゼが狙われたのは、ハト・ポウが一緒にいるからだろう。
戦闘を重ねるたびに、リアンは魔物の返り血を浴びる。
一時間も経ったら、鎧は赤く染まっているように思えた。
若干、リアン自身も体の体幹がぶれているように思えた。もしかしたら、魔物の血に含まれる毒に犯されているのかもしれない。
「ねえ、ハト・ポウ。リアンの鎧に付着している血を、きれいにすることってできる?」
『ポーウ!』
ハト・ポウが翼を広げると、リアンの全身が光りに包まれる。一瞬にして、鎧がきれいになった。
リアンもそれに気づき、振り返る。
「あ……浄化魔法、ですね。イルゼ、ありがとうございます」
「ハト・ポウのおかげだから」
「聖鳥様、心から感謝します」
『ポウ』
リアンの鎧がきれいになったところで、先へと進む。
一時間ごとに休憩を取りながら、クリスタル坑道をどんどん前進していた。
五時間進んだところで、一度長い休憩を取りたいとイルゼは提案する。
「イルゼの望む通りにします」
リアンはそう呟き、剣を握ったままその場に立ち尽くす。
この五時間、ずっとそうだった。ゆっくり座って休むことなどない。
時間が経つごとに口数も少なくなるので、イルゼは心配していた。
「ねえリアン、座って休憩して」
「いつ、魔物がやってくるかわからないので」
「この前みたいな魔物避けの魔法陣は、作れないの?」
「魔法陣を描く間、私自身に隙ができてしまうので、無理ですね」
「そんな」
このままでは、リアンの体が悲鳴をあげるだろう。少しでもいい。休憩してほしかった。けれども、イルゼはリアンを守れるほどの力はない。
対等な関係ではない現状を、歯がゆく思った。
『ポウ、ポーウ』
「え、何?」
『ポウポウ』
何やらハト・ポウが、一生懸命身振り手振りで説明していた。翼でマルを作り、ぴょんぴょん跳ねている。
「ごめんなさい。わからない」
『ポウ』
ハト・ポウは嘴を使い、地面に何か描いている。
円を描き、ミミズが這うような文字を描いていた。
「これは、もしかして魔法陣?」
『ポウ』
ハト・ポウは描いた魔法陣の上に座り、安心しきったような表情を浮かべた。
「魔法陣の上で寛ぐ……? もしかして、魔物避けの魔法陣を作れるの?」
『ポウ!』
「だったらお願い! 魔物避けの魔法陣を作って」
『ポーウ!』
ハト・ポウが翼をはためかせると、地面に大きな魔法陣が浮かんだ。
「リアン、これ、魔物避けの魔法陣?」
「あ、ええ、そうですね。もしかして、聖鳥様が作られたのですか?」
ハト・ポウは恥ずかしくなったのか。イルゼの背中に回り込んで隠れてしまった。
「リアン、座って」
「はい」
今度は、素直に腰を下ろす。
リアンは片膝だけついて、いつでも立ち上がれるような体勢でいた。きちんと座ってほしかったものの、これ以上は強制できない。この体勢になっただけでもよしとする。
「リアン、魔物を倒すの、きつくない?」
「え?」
「ずっと戦っているでしょう? 魔物の血も浴び続けているし、辛いんじゃないかって思って」
「いえ」
リアンは俯き、黙り込んでしまう。
聞いてはいけないことだったのか。イルゼは「ごめんなさい」と謝る。
「イルゼは悪くありません。悪いのは私のほうなんです」
「どうしてそう思うの?」
「それは――」
再び、リアンは言葉を途切れさせる。
「言いたくなかったら、無理して言わなくてもいいから。それと、言えない自分を責めないで」
リアンの表情も、感情も、言葉の真意もよくわからない。それなのに、イルゼにはリアンが今、自分を責めているのではないかと思ってしまった。
ハッとしたように、リアンはイルゼを見る。
初めて、目と目が合ったような気がした。
「イルゼ、私の話を、聞いていただけますか?」
「ええ」
「もしかしたら、私を恐ろしいと思うかもしれないのですが」
「それは、話を聞いてから決める」
リアンは静かに語り始める。自分の中にある、人とは異なる感覚を。
精霊を母に持つリアンは、人並み外れた感性を持っていた。
そこを不気味に思われることは、一度や二度ではなかった。
「人間界にやってきてから、苦しくて、居心地が悪くて、自分が生きるべき場所はここではないと常に思っていました」
生まれ育った精霊界に帰りたいと思う気持ちは、日に日に高まっていったという。
そんな中で、リアンが満たされる瞬間があった。
それは魔物と戦い、自らが握る剣で屠る瞬間である。
「気持ちが高揚し、感じていた息苦しさも吹き飛び、楽しいという気持ちすら浮かんでくるくらいで――」
自らの快楽のために魔物を殺す。
血まみれになりながらも戦う姿は「まるで化け物だ」と仲間である騎士に指摘され、リアンは「そうなんだ」とショックを受けてしまった。




