たったひとつ輝く柘榴石
リアンは穴が空きそうなくらい、イルゼを見つめていた。
兜の目元から、柘榴石みたいな瞳が覗く。
「リアン、あなたの瞳って、とても赤い」
「ええ。母譲りなんです。人間にはない色合いだそうで、魔物みたいだと、不気味がられていました」
「そうだったの」
自分でもびっくりするくらい、抑揚のない声だった。イルゼは誤解のないよう、一言付け加える。
「柘榴石みたいだと思った。それだけだから」
魔物に似ているとか、思ったことなど一度もない。そこまでは言わなかった。
「あなたの瞳を見ていると、思い出すの」
それは、三年ほど前だったか。
王都郊外にある川辺の平地で、柘榴石が採れるという話をエルメルライヒ子爵が聞いてきた。
国内の柘榴石は非常に貴重で、透明度が高い。おまけに魔力がたっぷり含まれているため、高値で取り引きされる。
小遣い稼ぎでもしようと考えたのか、使用人を川に向かわせて柘榴石を探すように命じた。
十五名ほど集まった使用人達は、だらだらと仕事を開始する。
エルメルライヒ子爵曰く、大きな岩の傍が鉱床らしい。砂混じりの石を掬い、受け皿を添えて選り分ける。
「柘榴石は、砂よりも重たい。だから受け皿に水を注いで、斜めにしながらくるくる回すと、砂と柘榴石に分かれる」
ふるいに残った石は、不要だと適当に捨てられるのだ。
「それを見た瞬間、ああして捨てられる石は、私と同じだと思った」
これまで出会った者達は、かならずイルゼをふるいにかけていたように思える。
ひとまずすり寄って、利用価値があるかどうか調べるのだ。
人々は付き合うべき者を選り分ける。
目には見えないふるいで、小さな編み目に通った者だけと在り続けるのだ。
「あからさまに、利用価値があるか否か区別する人はごく一部だけ。けれども、人付き合いのふるいは、誰もが大なり小なり、胸に秘めていると思う。私も、そう」
イルゼはリアンと初めて会ったときに、恐ろしいと感じた。自然と、深く関わらないほうがいいのではと判断しかけた。
人が人を推し量ることなど、愚かなことだ。けれども、人は自分が生きやすいように他人をふるいにかけてしまうのだろう。
「結局、その日私は柘榴石を採ることはできなかった」
人の心にあるふるいに気づいて、手が止まってしまったのだ。
不要だと投げ捨てられるのは辛い。付き合っても得にならないからと、雑な扱いを受けるのも我慢ならなかった。
ふるいにかけることを止められなくても、他人の尊厳を踏みにじるような選り分けはしたくない。
「だから私は一生、柘榴石を手にすることなんてしない」
心を許した人がいればいるほど、弱みができてしまう。
ユーリアとのことだってそうだ。彼女は親切だったから、イルゼは同じくらい親切であろうとした。
そしてユーリアが囚われ、処刑されそうだという話を聞いたときに、なんとしてでも止めさせたいと思った。
その結果、イルゼは代理聖女をすることとなった。
もしもユーリアへ特別な思いなどなかったら、今頃イルゼは修道女で在り続けただろう。
「あなたの瞳が覗くたびに、思いだして辛くなる」
ぽつりと呟いた瞬間、リアンはイルゼの手を取った。
柘榴石の瞳でイルゼを見つめながら、思いの丈を口にする。
「私があなたの柘榴石になります。いらないと思っても、勝手に手に飛び込んできますので」
「あなたは本当に変な人」
「否定しません」
籠手越しに、リアンの熱が伝わってきた。
彼が望んで、掴んでいる手である。自らそこにある限りは、こうして触れていてもいいのかもしれない。
今だけは、ほんのちょっとだけ素直になってみる。
「リアン、私、あなたが傍にいてくれる時だけは、ずっと隣に立っているから」
「――っ、ありがとうございます。死んだあとも、イルゼの傍にいますので」
「あなたは先に死なないで。それから、死んだら別の場所に行って」
「うっ、辛辣」
胸を押さえるリアンを見て、イルゼは笑ってしまう。
もうしばらくは、この変わり者と一緒にいようと思った。




