リアンとの再会。そして――
次々と人がやってきて、クロンミトン共和国の使者を連行していく。地下牢に入れておくらしい。
「あいつの傷は、治さなくてもよかったのに」
デュランダルは憤っていたものの、使者を傷付けたとなれば大きな問題になるだろう。
その前に、使者はジルコニア大公を殺そうとしたわけだが。
別の形で、償ってもらえばいい。
幸い、ハト・ポウの奇跡のおかげで、怪我は完治した。
ジルコニア大公は侍従に支えられて立ち上がる。ふらつきながら、イルゼに礼を言った。
「あのとき君が注意を促してくれなかったら、私は心臓をひと突きされていただろう。心から感謝するよ」
「いえ」
あのとき見えた黒い靄はいったいなんだったのか。よくわからないが、あれのおかげでジルコニア大公に危険が迫っていると気づけたのだ。
そういえば以前、デュランダルが話していた〝瘴気〟について思い出す。人が発する、負の感情であると。もしかしたら、先ほど見えたのは瘴気だったのかもしれない。
あとで、デュランダルに詳しい話を聞かなくてはならないだろう。
続けて、ジルコニア大公はリアンにも感謝する。
「アイスコレッタ卿、駆けつけてくれてありがとう。のちほど、礼をする時間を設けてくれるとありがたい」
「ええ」
傷は塞がったものの、ジルコニア大公は多くの血を失った。しばし休む必要があるのだろう。他の護衛なども同様である。
デュランダルとリアンは見つめ合う。空気がピリッと震えた。
「リアン・アイスコレッタ。貴殿の妻を勝手に召喚し、傍に置いていたことを詫びよう」
「絶対に、赦しません」
「この通りだ」
デュランダルは深々と頭を下げる。それでも、彼は赦しはしない。
リアンから黒い靄のようなものがジワジワと漂い始めた。瘴気だ。
デュランダルも気づいたのだろう。表情が強ばっている。
リアンの手が、剣の柄にかかった。
イルゼはリアンを止めるために、背後から抱きつく。
「リアン、ダメ!」
イルゼがリアンの腕に触れた瞬間、瘴気は蒸発し、消えていった。
「私、リアンとふたりきりで話がしたい」
そう訴えると、デュランダルは客間から出て行く。ハト・ポウも空気を読んで、彼女のあとに続いた。
イルゼはリアンを抱きしめたまま、ぽつりと呟く。
「心配をかけて、ごめんなさい」
「イルゼは悪くないです。悪いのは、あのハイエルフかと」
それは否定できなかったので、「まあ……」とだけ答える。
「イルゼの顔が、見たいです」
リアンから離れると、すぐに彼は振り返った。
イルゼの頬を両手で優しく包み込む。安堵したようなため息が聞こえた。
「本当に、よかった。もう、会えないかと思っていました」
転移魔法で誘拐されたのではと推測し、リアンは周辺地域を捜索した。しかしながら、夕日色の髪をした女性など見たことがないと言われてしまう。
「唯一、夕日色の髪の情報があったのですが、見かけたのは男性で、さらに私達がジルコニア公国に来るよりずっと前の話でした」
イルゼの持つ髪色はかなり珍しい。これまで、同じ髪色を見たことがなかった。もしかしたら産みの母かもしれないと思ったものの、年若い男性だったらしい。
イルゼの母親については、未だに謎である。別に夜も眠れないほど気になるわけではないので放置しているが。
「転移魔法では、よほどの使い手でない限り、長距離移動は難しい。イルゼは近隣にいないようでしたので、遠くに呼ばれたのだと推測しました」
ジルコニア公国で長距離の転移魔法を可能とするのは、大賢者と呼ばれるハイエルフデュランダルのみ。
それに気づいたリアンは、すぐさま都のほうへと向かった。
ジルコニア公国はそこまで大きな国ではない。国境から一日半ほどで到着する。
けれども、リアンは都に足を踏み入れることはできなかった。デュランダルの結界があったから。
さすがのリアンも、時間をかけて作られた結界はすぐに破れない。
結界を断ち切る効果を剣に付与させてもらうため、ドワーフ族のもとへ足を運んでいたようだ。
「やっとのことで都に戻ったら、結界が解けていたので膝から頽れそうになりました」
イルゼを探そう。そう思った瞬間、声が聞こえたのだという。
「その瞬間、うやむやだったイルゼの魔力が、糸がピンと張ったようにはっきり見えたんです」
空間を駆ける魔法を用いて、一瞬にしてイルゼのもとへやってきたという。
「間に合って、本当によかった」
リアンはそう言って、イルゼの額に自らの額をこつんと当てる。
そして、優しくイルゼを抱きしめた。
もう大丈夫。そんな気がしてならない。
ホッとしたのもつかの間のこと。リアンはとんでもない提案を口にする。
「私を、イルゼの支配下に置いてください」
「は?」
「契約を結んだら、離ればなれにはなりません」
「契約していたら、離ればなれにならないの?」
「ええ」
「私、ハト・ポウと引き離されたのだけれど」
「それは、契約ではないのでは?」
「え!?」
イルゼとハト・ポウは契約で結ばれている気配はないと、リアンは言う。
どういうことなのか。
イルゼは混乱する。
「私、ハト・ポウに名付けた瞬間、契約印が瞼の裏に刻まれたんだけど」
「また、大変な場所にあるのですね。見せていただけますか?」
「あ、えっと」
「捲らなくても大丈夫です。触れさせてください」
「だったら、左目のほうなんだけれど」
「失礼します」
リアンはそっと、優しくイルゼの瞼に触れた。彼は小さく、「なるほど」と呟く。
「やはり、これは契約印ではありません」
「だったらどうして、ハト・ポウは私の言うことしか聞かないの?」
「それは――まだわかりません」
「まだ?」
「いずれわかるでしょう」
とにかく、確実な情報はハト・ポウとイルゼの間に契約が結ばれていないということ。
ただそれだけだった。




