リアンとデュランダルの因縁
デュランダルとリアンの出会いは、ジルコニア大公の屋敷で行われた親睦パーティーだったらしい。
イルゼはそういえばと思い出す。そこで、リアンとフィンが出会ったという話を。
デュランダルは参加することはなかったが、その日は気まぐれに姿を現した。
「そこで、十五歳くらいの、少年とも青年とも言いがたいリアン・アイスコレッタを見かけた。強そうだったから、勝負を仕掛けたのだ」
だがデュランダルがいくら話しかけても、リアンは無視。
腹を立てたデュランダルは、「躾がまるでなっていないぞ。親の顔が見てみたい!」と罵ったらしい。
その発言を聞いたリアンは、デュランダルを投げ飛ばした。
「驚いた。一瞬の間に投げ、かつ魔法で我の口を封じ、動けないような術をかけたのだ」
デュランダルは動揺した。自らの上をゆく魔法の使い手に初めて出会ったから。
「あのとき、大変だったんだよねえ」
「大公が騒ぎを収めてくれたのだったな」
「そうなんだよ」
リアンとデュランダルはまだまだ戦う気だったものの、ジルコニア大公が自らの私兵をすべて投入し、喧嘩を止めた。
以後、デュランダルは夜会へ出入り禁止を言い渡される。
「今だから言うけれど、アイスコレッタ卿は愛人の子なんだ。育ての母であるアイスコレッタ夫人を心から敬愛しているから、デュランダルちゃんの発言にものすごく怒ったんだと思う」
「そうだったのだな。いや、悪いことをした。反省している」
ふたりの相性は最悪としか言いようがない。デュランダルも、二度と顔を合わせたくないという。
「イルゼは、リアン・アイスコレッタの妻だったのだな」
「ええ、まあ」
「我は、殺されるかもしれぬ」
「私がリアンを止めますので」
「イルゼ、感謝する!」
「私からも、礼を言うよお」
果たして、イルゼの言葉だけでリアンを止めることはできるものか。
正直、自信がなかった。
ひとまず、デュランダルとジルコニア大公が不安がっているので黙っておく。
「あ!」
「デュランダルちゃん、どうかしたの?」
「そういえば都周辺に、リアン・アイスコレッタ避けの結界を張っていたような」
「今すぐ解いて!!」
やはり、リアンが近づけないような魔法がかけられていたらしい。いつまで経っても発見されないわけである。
「大公、リアン・アイスコレッタの手を借りずとも、我の力だけでなんとかなると思わぬか?」
「思わない! アイスコレッタ卿の助けも必要なんだよ」
「むう、そうか。ならば、仕方がないな」
デュランダルは結界を解く。これで、リアンの行動を制限するものはなくなったというわけだ。
「よし! じゃあ、聖教会のアインホルン猊下に手紙を書こう」
「我は契約している幻獣でも呼び寄せようか」
幻獣――それは精霊とも妖精とも異なる存在だ。
人々と契約を交わし、力を貸してくれる。
ただ、誰とでも契約を結ぶわけではない。幻獣が認めた者しか、契約できないのだ。
「どんな幻獣と契約しているの?」
「グリフォンとフェンリルだな」
どちらも、創作上でしか存在を確認されていない幻獣である。
ハイエルフの森では、たまに見かけるような存在だったらしい。
普段は森に放し、自由にさせているようだ。
「イルゼは、ドーナツでも作っていてくれ」
「わかった」
自分にできることをしよう。イルゼはドレスの袖を捲りながら思った。
◇◇◇
翌日――ジルコニア大公家に、クロンミトン共和国からの使者がやってきた。
セレディンティア大国がジルコニア公国を従属国にしたいと望んでいる噂を、聞きつけてきたらしい。イルゼも侍女に扮し、面会の様子を見守る。
クロンミトン共和国は驚くべき提案を持ちかけた。もしもセレディンティア大国の申し入れを受け入れないのならば同盟国にならないか、というものだった。
クロンミトン共和国は人身売買を黙認しているような、治安の悪い国である。
ジルコニア大公はすぐさま、首を横に振った。
使者は立ち上がり、最後に握手を求める。
その差し出した手に、黒い靄のようなものが絡みついているように見えた。
ぞくりと、悪寒が背筋を走る。嫌な予感がして、イルゼは叫んだ。
「大公、下がって!!」
その瞬間、使者が動く。いつの間にか手には短剣が握られていて、ジルコニア大公の心臓目がけて振り下ろされる。
イルゼの言葉に反応し、一歩下がったのがよかったのか。ナイフは心臓ではなく、腹部に刺さった。
護衛が斬りかかったが、戦闘に慣れている者だったのだろう。即座に首筋を切りつける。一瞬の間に、三名いた護衛は倒されてしまった。
イルゼはジルコニア大公のほうへと駆け寄り、血が噴き出ていた傷を両手で強く押さえた。今できることは、これしかない。
使者が、イルゼのほうをねっとり見つめる。次なる標的は、イルゼだ。
新しく引き抜かれたナイフが、怪しく光る。確実に仕留めるためか、毒のような何かを刃に塗り込んでいた。
頭の中が真っ白になる。そんな中で、唯一リアンの存在だけが浮かんできた。
使者の刃が、イルゼの眼前に迫った。
もうダメだ。
そう思ったのと同時に、イルゼは叫ぶ。
「リアン、助けて!!」
イルゼが叫ぶと、黒い筋が客間に差し込んだ。
ぱち、ぱちと瞬きしている間に、漆黒の闇が飛び込んでくる。
リアンだった。
キン! と高い金属音が鳴り、ナイフと使者の腕が宙を舞った。
「イルゼを狙うなんて、絶対に赦しません」
リアンは剣を払い、刃に付着した血を飛ばす。
使者は腰を抜かし、ガクガクと震えていた。
剣を振り上げ、止めを刺そうとしていたリアンをイルゼは制する。
「リアン、殺さないで! 拘束して、話を聞きたい」
激昂したリアンの行動を止めるのは難しいと思っていたものの、掲げた剣は静かに下ろされる。そして、使者は縄で拘束された。
「どうした!!」
デュランダルがやってきて、血に濡れた客間を前に呆然とする。
「リアン・アイスコレッタ! これは、お主がしたのか!?」
「デュランダル、違う。クロンミトン共和国の使者が大公閣下を刺したの」
「なんだと!?」
ジルコニア大公は即死することはなかったものの、このまま出血し続けたら危ないだろう。
ここで、客間に白い塊が飛び込んできた。
「む、なんだ?」
『ポ、ポーーーウ』
「ハト・ポウ!!」
リアンの速さについていけなかったハト・ポウが、遅れて到着する。
「ハト・ポウ、お願い。大公や護衛の人達の傷を治して」
『ポウ!!』
イルゼの肩に乗ったハト・ポウが、翼をはためかせながら『ポーウ』と鳴く。
客間全体を包み込むような光が発生した。
ジルコニア大公の傷が、みるみるうちに塞がっていく。
首を切りつけられた護衛や、腕を切り落とされたクロンミトン共和国の使者の腕も完治する。
「なんという、奇跡だ」
デュランダルがぽつりと零す。
彼女の言う通り奇跡が起きて、リアンとハト・ポウがやってきてくれた。
なんとか難を逃れたのだった。




