リアン・アイスコレッタのこれまでについて 後編
槍のような雨に襲われていたが、竜車を操るリアンにとっては体の火照りを冷ます心地よいものだった。
ワイバーンの返り血も洗い流してくれるので、ちょうどよい。
そんな状況の中で、イルゼが雨に濡れているが大丈夫かと話しかけてくる。
リアンはイルゼの優しさを前に、号泣していた。すぐに窓を閉めてくれて、非常に助かった。付き合いの長いフィンは、リアンが泣いているのに気づいていたのかもしれない。
途中、フィンの命令でイルゼを横抱きにした。彼女は驚くほど軽く、また信じがたいほど脆く感じてしまった。
このように弱々しいイルゼに代理聖女を頼むなんて、フィンは酷いなとひしひし思う。
触れ合っている状態で、イルゼは小さく震えていた。
リアンは恐る恐る、怖いのかと質問を投げかける。
イルゼはただ一言、寒いと口にした。今回に限っては、リアンに対して恐れを抱いているわけではなかったようだ。
火の魔石を与え、温まるように助言する。イルゼは小さく「ありがとう」と感謝の言葉を口にした。
イルゼは上目遣いで、リアンを見つめる。一瞬にして温まったからか、頬は小さな子どものように赤く染まっていた。
そのまま抱きしめそうになったが、寸前で思いとどまる。
一緒に過ごした数時間の中で、イルゼの態度はみるみる変化していった。
最初こそリアンに怯えているようだったが、次第に慣れたのだろうか。怯えるような態度は見せなくなったのだ。
たったそれだけのことなのに、リアンにとっては天にも上るほど嬉しいことだった。
任務が終わったあと、リアンはすぐさまフィンを捕獲する。
イルゼについて、質問をぶつけた。
そこで、イルゼが偽聖女ユーリアの取り巻きのひとりだったことを知る。事件の元凶となった彼女の父親は妻子を連れて蒸発。愛人の子だったらしいイルゼは、ひとり取り残されていたようだ。贖罪のために、聖女代理を引き受けたという。
現在、イルゼの後見人はフィンが引き受けている。ならばと、思いの丈をぶつけた。
イルゼさえよければ――財産のすべてを捧げたい、と。
話を聞いたフィンは、「バカか」と言い返した。
どうせ使わない金である。イルゼが毎日楽しく暮らせるように、受け取ってほしい。
リアンは強く望んだ。
ここでフィンが、思いがけない提案をする。
そんなに気に入ったのならば、イルゼを妻として迎えたらどうかと。
話を聞いた瞬間、魔力が爆発して鎧が散り散りになるかと思った。
イルゼとの結婚など、リアンの妄想の世界にのみ存在する話だ。ありえないだろう。
そう訴えたが、不可能ではないとフィンは言い切る。
イルゼのような優しい女性が妻になるなど――最高としか言いようがない。
のぼせ半分で呟いた言葉に、フィンが大きく頷く。
時間はかかるかもしれないが、任せるように、と。
それから、リアンの毎日は桃色としか言いようがなかった。
フィンの計らいで、イルゼとふたり暮らしを始めた。聖鳥ハト・ポウは空気を読んで、ふたりきりにしてくれる。
日に日に、イルゼは雰囲気が柔らかくなった。心を許してくれているような気がした。
もっと彼女と話をしたい。けれども、あまりしつこく付きまとったら嫌われてしまうのではないか。
リアンは人生で初めて、人との距離感に悩む。
共に食事をして、茶と菓子を囲み、庭先で語らう。
イルゼと過ごす時間は楽しくて楽しくて、自分が呪われている存在だというのを忘れるくらいであった。
そんな状況の中で、信じがたい情報が転がってくる。
なんと、セレディンティア大国がシルヴィーラ国に宣戦布告するかもしれないというものであった。
国王は温厚な人物で、戦争など望まないだろう。
可能性があるとしたら、レオンドルである。
彼はずっと、双子の妹がシルヴィーラ国の者に誘拐されたのではないかと、個人的な見解を主張していたのだ。
イルゼの生まれ故郷であるシルヴィーラ国を、戦場にはしたくない。
国王に直談判して、止める必要があるだろう。
幸い、王家に恩だけはある。
アイスコレッタ公爵も、味方になってくれるだろう。
フィンが打ち出した作戦は、思いがけないものだった。
なんとイルゼと偽装夫婦となり、ジルコニア公国を経由してセレディンティア大国へ向かうというもの。
ひとときでも、イルゼと夫婦となることはこれ以上ない名誉だ。
浮かれ気分で、旅だった。
けれども、予想外の事態に遭遇する。
隣で微笑んでいたイルゼが、突然姿を消した。
誰かが、召喚魔法を使ってイルゼを呼び寄せたようだ。
火山が噴火するような怒りが、リアンの中で生まれる。
これまで覚えた記憶のない、激しい憤怒の感情であった。
絶対に赦さない。
リアンはイルゼを誘拐したものを、地の果てまで追い詰めることをハト・ポウに誓った。
イルゼの捜索と誘拐犯の討伐を目的とした、リアンとハト・ポウの旅が今、始まる。
物語にお付き合いいただき、ありがとうございます!
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